多くの旅行者は、たった一枚の像を胸に到着します。カナイマのアウヤンテプイから979メートルを落ちるエンジェルフォールです。その大きさは本物です。でも、それは一章にすぎません。ベネズエラは、タイル張りの広場とコンクリートの劇性を持つカラカスから、涼しい山の空気のメリダへ、ロス・ロケスの礁湖のように明るい浅瀬から、風と塩と植民地時代の幾何学がいまも一日を決めるコロの日干し煉瓦の通りへと伸びています。これほどの地質学的な幅を一枚の地図に押し込んだ国は少なく、それをこんなに早く身体で感じさせる国は、なお少ない。国内線ひとつでそうなることさえあります。
この国が報いるのは、名所だけでなく手触りを気にする旅行者です。マラカイボではスリア州特有の鋭い話し方が耳に残り、二枚の揚げプランテンに具を挟んだパタコンを食べる。シウダー・ボリーバルでは、古い河港がオリノコ交易と探検熱の記憶をまだ抱えています。マルガリータ島では、浜辺の時間に免税の商いと地元の魚介がしっかり付いてくる。国民食でさえ居場所を語ります。手で割るアレパ、 свежやかなチーズを包むカチャパ、真剣なショコラティエたちが敬意を込めて語る血統を持つカカオ。
この国の歴史は、ガラスケースの向こうに座ってはいません。カラカスには、カルロス・ラウル・ビジャヌエバが建築と芸術を溶け合わせたユネスコ登録のキャンパス、シウダ・ウニベルシタリアがあります。コロには、南米でも最古級の植民地都市景観が残ります。けれど最後はまた地形が奪い返す。アンデスより古いテプイ、年に140夜を超えて雷が走るマラカイボ湖上空、数時間で熱帯の暑さからパラモの冷気まで駆け上がる道路。ひとつの旅先というより、縮尺を間違えた小さな大陸のようです。
1498年以前-1520年代
小さなヴェネツィア、高床の家々、そして大陸の衝撃
夜明けがマラカイボ湖の高床住居の上に差した。網は暑さのなかで乾き、子どもたちは杭のあいだをすり抜け、アニュの村々は水の上に静かな確信をもって立っていた。なぜそこに築いたのか。彼ら自身は最初から知っていた。湖はどんな壁よりも彼らを守ったからだ。
1499年、アロンソ・デ・オヘダとアメリゴ・ヴェスプッチがこの水域へ入ってきたとき、彼らは熱帯のヴェネツィアのこだまを見たつもりだった。その後に書かれた手紙が、ヨーロッパにひとつの名を与える。ベネズエラ、小さなヴェネツィア。国名は宮殿でなく、海上の勘違いの瞬間に洗礼を受けた。水上の家を説明しようとするフィレンツェ人の想像力によって。
いまのメリダ周辺のアンデスでは、ティモト・クイカの人びとが、ずっと前から急斜面を段々畑、水路、耕作地へと変えていた。多くの人が気づいていないのは、こうした山の社会が歴史の始まりを待っていたわけではない、ということだ。彼らには暦があり、灌漑があり、見張りの砦があり、高度と付き合うための骨身にしみた知恵があった。後から来た者たちは、その感覚をついに完全には自分のものにできなかった。
そして1498年、第三回航海のコロンブスが来る。オリノコ川の流出で海水が奇妙に淡くなるパリア半島近くに停泊し、彼はそこをエデンの縁だと思い、ティエラ・デ・グラシアと呼んだ。楽園については間違っていた。だが規模については当たっていた。そしてその誤認が、この先三世紀にわたって征服者、宣教師、奴隷商人、夢想家をこの国へ引き寄せることになる。
1520年代-1810年
カカオの富、帝国の貪欲、そして亀裂の上に築かれた社会
植民地時代のカラカスで、富は石油の匂いをしていなかった。太陽の下で乾くカカオの匂いだった。輸出のために詰められ、利益が船で去っていくあいだに商人だけが富を蓄えていく。18世紀ベネズエラの大きな財産は、茶色く、苦く、海の匂いがした。そして怒りは、まだ誰も大仰に自由を語らないうちから、その商いの周りに集まり始めていた。
1728年に創設されたバスク系のギプスコア会社は、その怒りを政治的なものへ変えた。固定価格、独占特権、武力による執行。帝国は遠い法ではなく、毎日の屈辱として触れられるものになった。後に独立と呼ばれるものは、書物にも根を持つが、帳簿にもまた根を持っていた。
社会そのものも、許可なしには登れない梯子のように並べられていた。白人が官職と絹を守り、混血の人びと、先住民共同体、奴隷にされたアフリカ系の人びとが、植民地の労働と軍事力の大きな部分を担った。この緊張が重要なのは、将来のいかなる反乱も、植民地秩序が二世紀かけて排除してきたまさにその人びとを必要とするからだった。
そのあいだも、この国には熱に浮かされた野心家たちが引き寄せられていた。ロペ・デ・アギーレは16世紀を呪いのように歩き、スペイン王権に反逆し、バルキシメト近くで暴力のうちに終わる。ウォルター・ローリー卿はエル・ドラードを追ってオリノコを遡り、最後には息子も、自分の首も失った。ベネズエラは、幻想を罰する術をすでに知っていたのである。
1810-1830年
崩れ落ちる教会の下で生まれた共和国
1812年3月26日、聖木曜日、午後4時7分。地震が襲ったとき、カラカスの教会は人で満ちていた。数分のうちに街の大部分が瓦礫となり、何千人もが死んだ。王党派の聖職者たちは驚くほど冷酷な速さでこの瞬間をつかみ、この災厄を共和主義への神罰だと宣言した。
こうしてベネズエラの独立闘争には悲劇の調子が染みつく。1811年に宣言された第一共和政は、軍事的圧力、社会の分断、そして破局の道徳的衝撃のなかで崩れた。その空気のなかでシモン・ボリーバルは硬くなっていく。若さの幻想を脱ぎ捨て、宣言だけでは戦争には勝てないと学んでいった。
1813年の「立派なる遠征」はしばらくのあいだ共和国の旗を取り戻したが、国はすぐ、勝利すら灰の味にするような報復の連鎖へ落ちていく。ホセ・トマス・ボベスはリャノの戦士たちをクリオーリョ支配層に対して動員し、混血の人びとや貧しい騎手たちは、背景ではなく歴史を決める力として前面に出た。この物語はひとつのことを思い出させる。体制を甘やかすな。請求書はいつも人々が回収する。
そのあとに来るのが長い反転だ。アンゴストゥーラ、アンデス越え、ボヤカ、カラボボ。ボリーバルがベネズエラの先へ、大コロンビアへと夢を広げる一方で、ホセ・アントニオ・パエスのような、より実務的で、より地方的な男たちは、新しい国家が実際には何になるのかをすでに形づくり始めていた。像は空を指す。だがその背後の人間は、何年にもわたり、疲れ切り、怒り、ほとんどいつも金に困っていた。
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1830-1999年
騎手から油井へ、そのあいだに独裁者たち
1830年、大コロンビアからの分離後、ベネズエラは落ち着いて共和制の成熟へ歩み出したわけではない。よろめいたのである。地域の強人、私兵、内戦が19世紀を満たし、独立の英雄であり平原の騎手でもあったホセ・アントニオ・パエスが、その雛形になった。創設者であり、救済者であり、同時に問題でもあるカウディーリョの型である。
そこへ石油が来て、すべての縮尺を変えてしまう。1914年、スマケI号井が商業生産を始め、フアン・ビセンテ・ゴメスのもとで国家は豊かになっていく一方、政治は服従へ縮んでいった。多くの人が見落としがちなのは、近代ベネズエラがこの矛盾を通じて築かれたということだ。片側には道路、官僚制、外国資本。もう片側には牢獄、検閲、個人支配。
カラカスは、石油の富が運命に見えたがる舞台になった。20世紀半ばまでに大通りは広がり、塔が立ち、カラカスのシウダ・ウニベルシタリアが、カルロス・ラウル・ビジャヌエバによる建築と芸術の統合という、ラテンアメリカ屈指のモダニズムのアンサンブルを首都に与えた。その一方でマラカイボは荒々しい石油前線の首都となり、シウダー・ボリーバルはオリノコ世界への川の門として残り続けた。
1958年以後の民主化は、選挙、政党、そして、地代国家がようやく市民に仕えるかもしれないという感覚をもたらした。だが石油は同時に、この国を短気で、浪費的で、自らの幻想に傷つきやすくもした。1989年、運賃値上げと経済的苦痛のあとにカラカソが噴き上がるころには、古い取引はすでに公然と壊れ始めていた。
1999年-現在
革命、崩壊、それでも消えない日常のぬくもり
ウゴ・チャベスは、兵営仕込みの抑揚と、テレビ向きの天賦と、歴史は自分を待っていたと信じる男の確信を持って現れた。1998年に選ばれ、翌年に就任すると、彼は共和国のボリーバル的な再創設を約束する。乾いた政策用語ではなく、まるでボリーバル自身がミラフローレス宮殿に宿題を残していったかのような叙事詩の言葉で。
しばらくのあいだ、高い石油価格がその脚本を支えた。社会政策は拡大し、旧来のエリートは糾弾され、ようやく自分たちが見えていると感じた有権者のあいだに新しい政治的信仰が根を下ろした。だが権力は大統領府の周りに集中し、制度はたわみ、石油依存という家族の秘密は、皆が知りながら誰も治せないままだった。
2013年のチャベス死後、ニコラス・マドゥロは創設者の磁力を欠いたまま象徴を継ぎ、はるかに厳しい経済現実に直面した。欠乏、インフレ、弾圧、大量移住が続き、何百万人ものベネズエラ人が故郷を離れ、家族は国境と送金の上で暮らすことを学んだ。かつて途方もなく豊かな国と想像された場所は、人びとがドル札を数え、薬を探し、機転で家計をつないでいく場所へ変わった。
それでも人間の物語は統計に平らにされない。カラカスでは絶望より先に冗談が聞こえる。コロでも、クマナでも、バレンシアでも、マルガリータ島でも、カナイマでも、人びとはいまも温かさと皮肉と、儀式のような粘り強さで国の話を語る。これこそがベネズエラのもっとも深い連続性かもしれない。どの政権も自分こそ国家だと名乗る。だが国家は、支配者たちより常に大きいままで生き延びる。