紹介
このキャンパスでいちばん透明な建物は、外の世界を遮るために壁があるのが当然だった時代にこの大学を卒業した女性によって設計されました。東京都文京区にある日本女子大学では、明治期の木造校舎とプリツカー賞受賞者が手がけたガラスの図書館が、同じ凝縮された敷地を分け合っています。そこにあるのは、女性の教育はどんな姿であるべきかという125年にわたる問いであり、木と鉄と光によって形にされたものです。
キャンパスがあるのは、東京都北西部の静かな住宅街である目白です。通りは細く、意識して探していなければ大学の存在を見落としてしまうほどです。大きな門が威圧的に存在を示すこともありません。ガラスに包まれ、通りに向かって開かれた新しい建物群は、境界そのものを感じさせないように設計されています。これは意図的なものであり、同時に議論の的でもあります。
建築に関心のある人を引きつけるのは、妹島和世が設計した図書館です。透明なファサードが、キャンパスと街の境目を溶かしてしまいます。歴史にひかれる人にとって見どころになるのは、その周囲にあるものすべてです。学生自身が設計した1930年代の木造の小さな家屋、急進的な理念に自らのキャリアを懸けたプロテスタントの牧師の記念館、そして広岡浅子の気配。三井家出身のこの実業家が持っていた資金力と政治的影響力が、大学全体の実現を後押ししました。
ここに観光バスは乗りつけません。キャンパスは20分もあれば歩いて回れるほどコンパクトですが、その意味の密度は高く、つい長居したくなります。案内板を読み、建物のしきいで足を止める人ほど、この場所の面白さに気づけるはずです。
Day in the Life of a Japanese University Student in Tokyo
Paolo fromTOKYO見どころ
妹島図書館
妹島和世は2010年にプリツカー賞を受賞し、その後、自らの母校を再設計するために戻ってきました。彼女が手がけた図書館は、その試みの静かな中心です。4層が一般的な階段ではなく、連続するゆるやかなスロープでつながっていて、蔵書の間を、なだらかな丘を歩くように上っていきます。ガラスの壁は閲覧室と外のキャンパスの樹冠との境界を溶かし、秋の午後には、銅色や琥珀色の反射が開架書架に落ちます。構造はほとんど攻めたくなるほど透明で、人の手首より細いスチール柱がそれを支えています。中に立つと、建物そのものがほとんど消えたように感じられます。外に立つと、木々をあまりに忠実に映し返すので、入口を見つけるのに二度見したくなります。妹島が掲げた目標は、キャンパスと都市の「あいまいにつながる連続性」でした。この図書館は、その約束を建築家らしい精密さと、卒業生らしい愛着で形にしています。
成瀬記念館
成瀬仁蔵がこの大学を創立したのは1901年4月20日。明治期の日本には急進的だった前提がありました。女性はまず人間として、次に女性として、そして市民として教育を受けるべきだという考えです。その信念が今も息づくのが、文京区指定有形文化財となっている2階建て木造の成瀬記念館です。館内では、1923年の関東大震災をくぐり抜けたステンドグラスに目を向けてください。多くの来訪者は、それが耐え抜いたものに気づかないまま通り過ぎます。大学の「三綱領」もここに掲げられていて、成瀬自身の筆による文字は、自信がありながら少し揺らぎもあり、記念碑というより個人の息遣いに近く感じられます。階段の手すりの粗い木肌に触れ、それから外へ出て妹島の建物へ向かってください。手仕事のぬくもりを残す木と、機械で切り出された冷たいガラスとの対比だけで、この大学の120年の物語が足裏の感触ひとつで伝わってきます。
夕暮れの散策路:遺産からガラスへ
このキャンパスを理解するいちばんいい方法は、光が落ちていく時間に外周を歩くことです。午後遅めの日差しが古い木材を深い蜂蜜色に染めるころ、成瀬記念館から始めてください。次に百二十年館の脇を回ります。アルミの屋根パネルが空を拾い、ゆっくりと姿を消す手品のような効果を見せます。角度が合うと、建物は雲に溶けてしまいます。ここにある沈床の中庭は周囲の空間をきゅっと絞り、その先の建物の高く持ち上げられたピロティが、またふっと解き放ちます。この詰まりと開きのリズムは、妹島が意図して組み立てたものです。最後は、ガラスの壁越しに内部の灯りがにじみ始める図書館へ。書架が街路から見えるランタンのように変わります。この一周はおよそ20分、距離にしてたぶん400メートルほど。アメリカンフットボール場4面分より短い距離ですが、そこには1世紀を超える建築の野心が詰まっています。キャンパスは目白台の斜面にあり、中心部の東京都とは思えないほど静かです。夕暮れ時に聞こえるのは、足元の砂利の音と、地元で「目白の森」と呼ばれる木立からたまに届く葉擦れくらいです。
フォトギャラリー
日本女子大学を写真で探索
東京都の日本女子大学キャンパス。春の明るい一日、そびえる校舎を桜が縁取る。
日本語版ウィキペディアでの元の投稿者は Hykw-a4 です。 · cc by-sa 3.0
東京都の日本女子大学にある歴史的ホールでは、精緻な木造建築が伝統の職人技と気品ある室内意匠を物語る。
sgico · cc by 3.0
東京都の日本女子大学キャンパスの静かな入口。祭りに合わせた鮮やかなバナーが飾られ、深い緑に囲まれている。
IZUMI SAKAI · 著作権保有・自由利用可
東京都の日本女子大学の構内で開かれる活気ある学園祭に、学生や来場者が集まる。
IZUMI SAKAI · 著作権保有・自由利用可
東京都の日本女子大学の歴史ある赤れんがの正門。晴れた日には鮮やかな緑に包まれる。
Kakidai · cc by-sa 4.0
東京都の日本女子大学の穏やかなキャンパス。手入れの行き届いた庭園と豊かな緑の中に、白い近代建築がたたずむ。
IZUMI SAKAI · 著作権保有・自由利用可
祝賀バナーで彩られた静かな緑のアプローチが、東京都の日本女子大学キャンパスへと続く。
インターネット川崎ガイド · cc by 3.0
動画
日本女子大学の動画を見る
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妹島和世による大学図書館の入口に立ったら、半透明のガラスの外皮が、室内の書架と外の緑との境界をどう曖昧にしているか見てください。大学と周囲の地域を隔てる線を消そうとした、意図のはっきりした身ぶりです。そのあと振り返って、近くにある文京区指定有形文化財の成瀬記念講堂の木造ファサードと見比べてみてください。一度の視線の移動だけで、日本のデザイン思想 100 年分が並びます。
訪問者向け情報
アクセス
最短ルートは、東京メトロ副都心線で雑司が谷駅へ行き(3番出口)、そこから徒歩8分です。JR山手線の目白駅からは、坂を上って徒歩15分、または都営バス学05系統で5分。バスはキャンパス正門前に止まります。有楽町線の護国寺駅(4番出口)からは徒歩10分。昔ながらの都電荒川線なら鬼子母神前で降り、そこからも徒歩10分です。
開館時間
2026年時点で、ここは公開観光施設ではなく私立大学です。キャンパスに入れるのは、許可を得た来訪者と催事参加者に限られます。成瀬記念館は通常、火曜日から金曜日に開館しますが、学休期には時間が変わるので、出かける前に公式の館案内ページを確認してください。祝日、試験期間、夏季・冬季休暇中は全面休館を見込んでおくべきです。
所要時間
妹島設計の図書館の前を通る外周散策と、成瀬記念館の短い見学なら30〜45分です。オープンキャンパスに参加する場合や、建築を丁寧に見たいなら1時間半〜2時間を見ておきましょう。キャンパスはコンパクトで、広さはおよそアメリカンフットボール場2面分ほど。午後が丸ごとつぶれるような場所ではありません。
バリアフリー
目白駅からの道には、きちんとした坂があります。目白台という地名の「台」は伊達ではありません。百二十年館のような現代建築には、エレベーターやユニバーサルデザインが整っています。一方で、木造の成瀬記念館を含む歴史的建物は、文化財である性質上、段差や狭い出入口が残っており、車椅子での利用が難しい場合があります。
訪問者へのアドバイス
撮影には制限があります
学生、教職員、室内空間は、明確な許可なく撮影しないでください。成瀬記念館のような文化財の外観撮影は概ね問題ありませんが、掲示を確認し、三脚はホテルに置いてきましょう。
服装は控えめに
正式な服装規定はありませんが、ここは私立の女子大学です。控えめで落ち着いた服装なら、気軽な観光客ではなく、配慮ある来訪者として受け取られます。公園ではなく、誰かの学校を訪ねるつもりで。
食事は目白駅周辺で
目白駅近くの老舗、志むらでは、伝統的な甘味と、夏には見事なかき氷が楽しめます(中価格帯)。金井堂目白は和定食に向いています。キャンパス正門の近くは食事の選択肢が少ないので、訪問の前後に済ませるのが無難です。
建築好きは事前確認を
建築好きの目当ては、プリツカー賞受賞者・妹島和世による大学図書館です。キャンパスと街の境界を溶かすために設計された建物です。学生主導の「建築」ツアーが学外向けに行われることもあるので、日程は日本女子大学タイムズのページで確認してください。
目白庭園とあわせて
キャンパスから10分足らずの目白庭園は、自然に組み合わせやすい立ち寄り先です。無料で静か。大学のモダンなコンクリートに対して、気持ちのよい対照になります。とくに紅葉の季節がいいです。
桜楓祭の時期を狙う
年に一度の大学祭「桜楓祭」は、キャンパスが本当に一般へ開かれる数少ない機会です。屋台、展示、学生のパフォーマンスが並びます。学事暦を確認してください。ふだんは入れない建物の内部を見るには、いちばん良いタイミングです。
食事スポット
必ず味わいたい一品
カシヤノ Kashiyano
local favoriteおすすめ: 店のおすすめと季節の一皿。気取らないのに端正な和食が並ぶ日替わりの内容は Instagram で確認できます。
静かな雑司が谷で、日本女子大学の学生や地域の人が実際に足を運ぶ、本当に評判の高い一軒です。ほぼ満点の評価は観光客人気ではなく、地元の口コミの強さをそのまま映しています。
Cafe&Space むぅむぅ
cafeおすすめ: コーヒーと軽めの焼き菓子。肩の力が抜けた創造的な空間で、授業の合間の休憩にも、気軽な打ち合わせにも向いています。
雑司が谷にひっそりある一軒で、評価は満点の 5.0。にぎやかな街のチェーン店とは無縁の静けさと、きちんとおいしいコーヒーで地元の人に愛されています。
Ciel
local favoriteおすすめ: 目白台の落ち着いた高級住宅地らしい、季節感のある洗練された料理。内容は仕入れとシェフの着想によって変わります。
キャンパス近くの上質な住宅街、目白台にあり、この周辺で確認できる店の中では口コミ数がもっとも多い一軒です。長く安定して支持されてきたことが、そのまま表れています。
Granada
quick biteおすすめ: 静かな住宅地で気軽に食べられる日常の一食。地元の人がふらりと立ち寄る、肩ひじ張らない店です。
目白台の住宅街に溶け込んだ、飾らない町のレストランです。観光客より、ここで暮らす人の姿が似合います。
食事のヒント
- check 目白や雑司が谷は落ち着いた住宅街で、この界隈の飲食店は観光客より地元の人に向けた店が中心です。気取らない、本物の日常の味に出会えます。
- check 東京都の小さな町場の飲食店は、公式サイトや公開された営業時間を持たないことも珍しくありません。オンライン情報より、電話での確認や Instagram のほうが当てになることがよくあります。
- check 築地場外市場、豊洲市場、アメ横(上野)のような東京都の食市場は公共交通機関で行きやすく、鮮魚や屋台料理、食材が幅広い価格帯でそろいます。
- check 洋食は目白や目白台のような落ち着いた上質なエリアでとくに洗練されています。ヨーロッパの料理をそのまま写したものではなく、東京都ならではの食文化が表れた料理です。
レストランデータ提供元: Google
歴史的背景
女性に賭けた牧師
成瀬仁蔵は、現在の山口県にあたる地で 1858年に生まれたプロテスタントの牧師でした。明治期の日本で支配的だった考え方に真っ向から逆らい、女性にも男性と同じ知的形成が必要だと信じた人物です。彼の理念は率直でした。女性を「人として、婦人として、国民として」教育すること。3 つの語をこの順に置いたこと自体が、彼の意図でした。
女性教育がまだ主に家庭内の役割への準備と見なされていた社会で、成瀬の構想は単に進歩的だっただけではありません。職業人生そのものを危うくするものでした。明治政府の保守派は、教育を受けた女性を家父長的な家族制度への脅威と見ていました。成瀬は国家の後押しではなく、私的な寄付と本人の求心力に頼って、主流の学界の周縁で動かざるを得ませんでした。1901年に彼が築いた大学は、制度というより反抗のかたちに近かったのです。
広岡浅子と、構想を現実に変えた資金
資金のない理念は説教にすぎません。成瀬には説教なら十分にありました。足りなかったのは、土地、校舎、そして政府に潰されずに済むだけの政治的な後ろ盾でした。そこに現れたのが、1849年に三井の商家に生まれた広岡浅子です。日本でも屈指の富を持つ家系でした。広岡はすでに一度、自分の人生を作り替えています。守られて育った商家の娘から、炭鉱経営者、さらに保険事業の重鎮へ。成瀬が助けを求めたころ、彼女は性別を問わず国内有数の実業家でした。
広岡はただ寄付をしただけではありません。政界とのつながりを使って目白の土地を確保し、官僚的な干渉から生まれたばかりの学校を守りました。記録によれば大学の開校日は 1901年4月20日ですが、この正確な日付は大学の語りの中で語られることが多く、公式の沿革ではやや影が薄い。文書で確かなのは、広岡の介入がなければ、この学校は最初の 10 年を生き延びられなかった可能性が高いということです。成瀬にとって賭け金は、自分の仕事のすべてでした。広岡にとっての危険は評判そのものでした。女子大学を支えるとは、自分の一族を富ませた社会秩序に公然と異を唱えることでもあったのです。
転機は、学校が実際に門を開き、しかも崩れなかったときに訪れます。入学者は増え、卒業生は公の場へ出ていった。広岡の賭けは報われ、成瀬の理念は 2 人の死後も残るだけの強さを持っていたことが証明されました。成瀬は 1919年に亡くなり、その年には後援者であった広岡も世を去ります。2 人の協力関係は、2015年の NHK 連続テレビ小説『あさが来た』で後にドラマ化され、広岡の物語は没後ほぼ 1 世紀を経て全国に知られることになりました。
若き日と急進的な確信
成瀬は会衆派の牧師として教育を受け、1890年代にはアメリカ合衆国の教育制度を学びました。当時のアメリカでは、ウェルズリー大学やスミス大学のような女子大学が、女性への厳格な高等教育を与えても社会は崩れないと実証していた時代でした。帰国した成瀬は、女性が知的に社会へ参加しないかぎり、日本の近代化は完成しないと確信します。彼の「人として、婦人として、国民として」という三段階の理念は、明治国家が掲げた「良妻賢母」の思想への、真正面からの反論でした。大学の実現まで、彼は募金と働きかけにほぼ 10 年を費やします。
ガラスと緑に残る遺産
成瀬が最初に構想したキャンパスは、閉ざされた聖域でした。壁と門は、まだ女子学生を受け入れる準備のできていない社会から彼女たちを守るために設けられたのです。それから 1 世紀あまり後、2010年にプリツカー賞を受賞した卒業生の妹島和世が、「目白の森」マスタープランのもとでキャンパスの再構想を託されます。2019年ごろに完成した図書館は、成瀬の壁を意図的に反転させた建築です。透明で、通りに向かって開き、境界がにじむ。その皮肉は見事です。かつて女性を公的な世界から守るために始まった学校が、いまは外からの視線を招き入れている。成瀬が賛成したかどうかは分かりません。けれど、自らの大学を出た女性建築家が、その答えを託される存在になったことを、彼はきっと喜んだはずです。
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よくある質問
東京都の日本女子大学は見学できますか? add
見学はできますが、制限があります。ここは公開観光施設ではなく、現役の大学です。成瀬記念館は平日に来館でき、キャンパスの外観や文化財も日中に見学できます。学生のプライバシーを守るため、一般的な観光目的の来訪は控えるよう求められています。妹島和世の図書館や建築を目当てに訪れる場合は、事前に大学事務局へ03-3943-3131で連絡してください。
建築を見るために日本女子大学を訪れる価値はありますか? add
はい。とくに、日本の制度建築における「遺産」と「透明性」のせめぎ合いに関心があるなら、足を運ぶ価値があります。キャンパスには、文京区指定文化財の明治期の木造記念館と、プリツカー賞受賞者・妹島和世によるガラスとスチールの図書館が並びます。この図書館は、かつて閉じた性格をもっていた女子大学のキャンパスと街路との境界を、意図的にほどいています。ざらりとした100年以上前の木材と、冷たく正確なアルミパネルの対比は、日本の女子教育の歩みを、教科書より雄弁に語ってくれます。
東京都中心部から日本女子大学へはどう行けばいいですか? add
最も早い行き方は、東京メトロ副都心線で雑司が谷駅へ行き、3番出口から徒歩8分です。JR山手線の目白駅からは、坂を上って徒歩15分、または都営バス学05系統に乗れば約5分で大学正門前に着きます。有楽町線なら護国寺駅4番出口から徒歩10分です。
日本女子大学を訪れるベストシーズンはいつですか? add
見た目の印象がもっとも良いのは春と秋です。3月下旬から4月上旬には桜が妹島図書館のガラスファサードに映り込み、秋には色づいた木々がコンパクトなキャンパスを鮮やかな天蓋のように包みます。大学の試験期間と夏休み・冬休みは避けたほうが無難です。成瀬記念館が予告なく休館することがあります。建築がいちばん本領を見せるのは夕暮れどき。歴史ある木造建築のあたたかな光と、現代建築のひんやりした透明感が向かい合う瞬間に、このキャンパスの個性が最もよく見えてきます。
日本女子大学の見学にはどれくらい時間が必要ですか? add
要点を押さえた見学なら30分から45分で足ります。外周を歩き、成瀬記念館を見て、妹島図書館の外観を味わうには十分です。予定された催しに参加する場合や、博物館展示をじっくり見るなら、1時間半から2時間みておくと安心です。
日本女子大学は無料で見学できますか? add
はい、入場料はかかりません。キャンパスはチケット制の施設ではなく、成瀬記念館も無料です。ただし大学図書館は、学生以外の利用者が入る場合、3営業日前までにオンラインフォームで申請する必要があります。
日本女子大学で見逃してはいけないものは何ですか? add
成瀬記念館分館の前を通るなら、中に入らずに通り過ぎないでください。1923年の関東大震災を生き残ったステンドグラスがあり、当初のキャンパスを伝える数少ない実物の痕跡です。百二十年館のアルミ屋根パネルは、角度によって建物が空に溶け込むよう設計されているので、ぜひ見上げてください。そして記念館内では、創立者・成瀬仁蔵が書いた「三綱領」の書も見逃せません。100年以上前に墨で記された、大学全体の思想の核です。
日本女子大学を創立したのは誰で、その理由は何ですか? add
大学を創立したのは、プロテスタントの牧師だった成瀬仁蔵です。1901年、三井の商家に生まれた実業家・広岡浅子の支援を受けて開学しました。成瀬は、女性は「人として、婦人として、国民として」教育されるべきだと考えていました。明治期の日本では、教養を得た女性が家父長的な家族制度を揺るがすと保守派が恐れていたため、これはかなり急進的な立場でした。政府が動かなかったとき、広岡は政治的・資金的な人脈を使って、用地と資金の確保に奔走しました。
出典
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日本女子大学法人サイト — 大学案内 / 建学の精神
建学の理念、大学の沿革、成瀬仁蔵の「三綱領」を示す公式資料。
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日本女子大学公式沿革ページ
1948年の生活芸術科や2024年の建築デザイン学部を含む主要な節目の年表。
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国立国会図書館 — 成瀬仁蔵の肖像
創立者・成瀬仁蔵の人物情報と1901年の創立に関する資料。
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国立国会図書館 — 広岡浅子の肖像
支援者・広岡浅子の人物情報と、資金確保に果たした役割に関する資料。
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デザインブーム — 妹島和世の図書館
妹島和世が設計した大学図書館の建築分析と写真。
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清水建設 — 日本女子大学キャンパス計画
百二十年館と杏彩館の施工詳細(2019年〜2021年)。
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新建築オンライン — 日本女子大学キャンパス
「目白の森キャンパス」再整備とヴォールト屋根の意匠を論じた建築評。
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ノート — 目白の森キャンパス分析
妹島和世のマスタープランと、キャンパスと街路の境界をほどくという考え方についての考察。
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日本女子大学アクセスページ
バス路線、地下鉄駅、徒歩時間を含む公式アクセス案内。
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日本女子大学図書館 学外利用者向け案内
学生以外の図書館利用には事前のオンライン申請が必要だと示す方針。
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フォートラベル — 日本女子大学目白キャンパスの口コミ
キャンパスの緑、成瀬記念館、NHKドラマとの関わりに触れた来訪者の記述。
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日本女子大学タイムズ — 建築プログラムの歩み
生活芸術科の歴史と、学生主導の建築ツアーに関する記事。
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ぶんがねっと — 日本女子大学キャンパス建築
目白キャンパスの建物と空間設計を詳しくたどる建築ガイド。
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みんなの大学情報 — 日本女子大学の学生レビュー
キャンパス生活、施設、女子大学という環境についての学生の感想。
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リアルエステートジャパン — 目白エリアガイド
目白地区の周辺環境、安全性、住宅地としての性格を伝える資料。
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verified
日本女子大学写真アーカイブ
1932年の学生設計によるコテージ群を含む歴史写真。
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中央区観光協会
1901年4月20日の創立日を補強する二次資料。
最終レビュー: