ハジ・アフメド・バン・カバブ・ハウス
軽食おすすめ: バン・カバブ。香辛料を効かせたレンズ豆と肉のパティを泡立て卵で包み、鉄板でこんがり焼いて、やわらかいパンに青いタマリンド・チャツネと玉ねぎを添えた、カラチを代表する屋台の軽食です。地元の人が列を作るのはこれ。
サダールに根を張る、本物の地元名店。カラチ屋台料理の王様とも言えるバン・カバブを出し、泡立てた卵の衣がほかのどの店とも違う、驚くほど軽くて香ばしい食感を生みます。
写真: Muhammad Lashari · CC BY-SA 4.0
パキスタンの切手や航空会社のロゴ、政府の印章で見かける、あの髭をたくわえ半眼をした顔。その起点は、握りこぶしほどの大きさのひとつの凍石像にあります。それはカラチのパキスタン国立博物館のどこかに収められています。バーンズ・ガーデン・ロードに立つこの博物館は、5,000年前のインダス文明の印章からガンダーラの仏教彫刻、ムガル細密画まで、58,000点を超える品々を抱えるこの国最大の文明の保管庫です。パキスタンは最古の記憶をここにしまっています。その多くは、あなたが名前を知るどの帝国よりも古いものです。
建物そのものに足を止められる人は多くありません。1970年築の角ばったモダニズム建築で、設計した無名のイタリア人建築家が誰なのかはいまも本当に分かっていません。バーンズ・ガーデン地区の芝生の向こうに建ち、同じ敷地では1930年代の時点ですでに植民地時代の博物館がモヘンジョダロの遺物を展示していました。館内は2フロア11展示室に分かれ、イスラーム書道からシンドやバローチスターンの民族織物までを扱います。空調は安定しません。展示ラベルが色あせていることもあります。ですが、4,500年前の青銅の踊る人物像やアッバース朝時代のコーラン断簡の前に立てば、そんなことはどうでもよくなります。
パキスタン国立博物館に時間を使う価値があるのは、磨き上げられているからではありません。密度があるからです。インダス文明ギャラリーだけでも、モヘンジョダロやハラッパーの遺物が並び、その質は大英博物館の南アジア部門に並べても見劣りしません。それでいて同じ部屋にいるのは、何千人もの観光客ではなく、校外学習の子どもたちと少数の旅行者です。ガンダーラ・コレクションでは、現在のハイバル・パフトゥンクワ州にあった仏教僧院から出土した像に、ギリシャ・ローマの彫刻技法が仏陀の顔へ重ねられています。アレクサンドロス大王が残した文化の余波が、片岩の中で固まったようです。
壮麗なヨーロッパ式博物館を想像して来れば、肩すかしを食らうでしょう。群衆も赤いロープもない場所で、人類文明の時間軸を書き換えるような品々のすぐそばに立つつもりで来てください。そうすれば、この場所がなぜ必要なのか分かります。
Audiala オーディオガイド
パキスタン国立博物館の物語を、その場所で聴く
アプリで物語をすべて聴き、ガイドをダウンロードしてオフラインで聴き、一日のプランを立てましょう。ダウンロード無料、初日はすべての機能をご利用いただけます。
歴史
パキスタン国立博物館は長くひとつの場所にとどまったことがなく、そもそもこの博物館がどう生まれたのかという話自体が、印パ分離独立、冷戦期の考古学、そして二人の首相のあいだで投げられた外交上のコインのような選択と絡み合っています。国立博物館ができる前にあったのはヴィクトリア博物館でした。1887年にコノート公が礎石を据え、1892年5月21日に本格的な公立博物館へと改められます。カラチの海沿い近くに建つその植民地時代の建物には、剥製、モヘンジョダロの土器、そして人骨2体が収められていました。1947年の分離独立時、ムハンマド・アリー・ジンナーはそこをパキスタン国立銀行のために接収します。遺物には新しい居場所が必要になりました。
遺物がいったん落ち着いたのは、パキスタン・クォーターズと呼ばれた仮の収蔵場所でした。その後、1950年4月17日、総督クワジャ・ナジムッディーンによってフレール・ホールで正式に開館します。1865年に完成したヴェネツィアン・ゴシック様式のフレール・ホールは、かつてシンド最大の建物で、博物館はおよそ20年近くここを拠点にしました。現在のバーンズ・ガーデン・ロード沿いにある専用館は、1970年2月21日にヤヒヤ・ハーン大統領によって افتتاحされました。20年で三つの住所。しかも収蔵品がまたぐ時間は五千年です。
転換点
1972年7月3日未明、シムラーのバーンズ・コートで、ズルフィカール・アリー・ブットーとインディラ・ガンディーは、1971年の紛争で捕虜となったパキスタン兵の帰還を定める協定に署名しました。ですが、その交渉には両国よりも古いものが含まれていました。パキスタンが返還を求めたのは、分離独立以前からニューデリーにあったモヘンジョダロの象徴的な遺物2点でした。ひとつは、1925年から1926年にかけてカーシーナート・ナーラーヤン・ディークシットが発掘した、高さ17.5センチメートルの凍石製胸像「祭司王」。もうひとつは、ほとんど挑発的なほど自信に満ちたポーズを取る若い女性の青銅像「踊る少女」です。ガンディーは2点とも返すことを拒みました。
2012年にこの話を『エクスプレス・トリビューン』に語ったモヘンジョダロの保存修復家アリ・ハイダー・ガディによれば、ガンディーはブットーにどちらかひとつを選ぶよう告げたといいます。ラルカナ地区出身のシンド人地主で、モヘンジョダロの遺跡からわずか60キロメートル足らずの土地に縁を持つブットーは、「祭司王」を選びました。「踊る少女」はインドに残りました。のちにパキスタン人作家ハルーン・ハーリドは、この決断に暗い含みを与えています。あの踊る少女が、信仰心の欠如をにじませるその存在、その裸の身体、その大胆な姿勢のままで、パキスタンで生き延びられただろうか、と。
「祭司王」はパキスタン国立博物館に収蔵され、この機関を代表する存在になりました。切手にも、紙幣にも、政府のロゴにも使われています。けれど、多くの来館者が気づいていないことがあります。インダス文明ギャラリーに展示されている像は、ほぼ確実にレプリカです。2015年、館長モハンマド・シャー・ブハーリーは、本物は厳重保管庫に置かれていると認めました。目の前数センチで4,000年前の遺物に向き合っているつもりでも、見ているのは石膏かもしれません。本物は暗がりで息をしています。鍵のかかった扉の向こうで。踊り子ではなく王を選んだ大統領の判断とともに。
おすすめ: バン・カバブ。香辛料を効かせたレンズ豆と肉のパティを泡立て卵で包み、鉄板でこんがり焼いて、やわらかいパンに青いタマリンド・チャツネと玉ねぎを添えた、カラチを代表する屋台の軽食です。地元の人が列を作るのはこれ。
サダールに根を張る、本物の地元名店。カラチ屋台料理の王様とも言えるバン・カバブを出し、泡立てた卵の衣がほかのどの店とも違う、驚くほど軽くて香ばしい食感を生みます。
おすすめ: フライ・カバブ。大きなタワの上でギーを使って焼くので、一般的な炭火ケバブとは違う、やわらかく濃厚な食感になります。朝食か深夜に行くならニハリもぜひ。ひと晩じっくり煮込まれ、香りに深みのある煮込みに仕上がっています。
伝説的なバーンズ・ロードに店を構え、本格的な肉料理で200件超のレビューを集めています。カラチの人が本当に食べに来る店で、飾り気はなし。あるのは、実直な値段で出される抜群の料理だけ。深夜まで営業しています。
おすすめ: 地元で人気の高い4.8つ星の店。常連客が食べているものをそのまま頼むのが正解です。店名からすると、ココナツを使ったカレーがこの店ならではの一品かもしれません。
味をよく知る少数の地元客から高く評価される一軒。グリスタン・ココナツは、観光客が見落としがちでも、本当のカラチの味が息づくサダールらしい食堂です。
おすすめ: サダールで満点評価の一軒。店の看板料理を頼んでください。立地と営業時間から見て、地元サダールの人たち向けの伝統的なパキスタン料理を出している可能性が高いです。
評価は文句なしの満点。博物館近くのサダール中心部にひっそりあり、昼から夕方にかけて地域の人たちを支える、気取らない町の店です。
レストランデータ提供元: Google
はい。ここにはパキスタンでもっとも重要な考古学コレクションが収められており、地元の人ならPKR 20(約7米セント)、外国人でもPKR 300という入館料を考えると、内容に対して安すぎるほどです。タキシラ出土の等身大グレコ・ブッディスト石仏が並ぶガンダーラ展示室だけでも、足を運ぶ理由になります。展示ケースは古び、解説も少なめですが、11の展示室にまたがる5,000年の文明の実物は、時間をかけて見る価値があります。
見どころを無理なく回るなら2時間、11の展示室すべてを急がず歩くなら3時間は見ておきたいところです。いちばん時間を使うのは、ガンダーラ展示室、祭司王像の複製があるインダス文明の部屋、そして52点の手写本を収めたクルアーン展示室の3か所です。歴史好きや古銭収集家なら4時間いても足りないかもしれません。貨幣コレクションだけで58,000点あります。
いちばん簡単なのはジンナー国際空港からCareemかUberを使う方法で、所要は交通状況次第でおよそ30分、料金は数百ルピーです。公共バスならRoute 1-Cがサダルを通る路線上に「National Museum」と明記された停留所を設けています。リクシャー運転手には、ウルドゥー語で「不思議の家」を意味する「Ajaib Ghar」と伝えてください。「National Museum」では通じなくても、こちらならまず間違いなく分かります。
おすすめは11月から2月の平日午前10時から正午のあいだです。カラチの気温は18–25°Cほどで、平日の午前中なら展示室をほぼ独り占めできたという声も複数あります。水曜日は休館なので避けてください。夏の訪問(6月から9月、外気温35–40°C)でも館内は空調が効いているので見学自体は可能ですが、サダルの暑さのなかを移動するのはかなりこたえます。
学習や調査目的で訪れる学生団体は無料で入館できます。これはシンド観光開発公社の公式掲載でも確認されています。個人の大人は地元の人がPKR 20、外国人がPKR 300、6歳から12歳の子どもはPKR 10です。オンライン予約はなく、門での現金払いのみです。
見逃してほしくないのは、モヘンジョダロの祭司王像です。高さ17.5 cm、紀元前2000年ごろの滑石製胸像で、1972年のシムラ協定交渉でズルフィカル・アリー・ブットーが、よく知られた踊る少女像ではなくこちらをインディラ・ガンディーとの協議で選びました。展示されているのは複製で、原物は厳重な保管庫に収められています。ガンダーラ展示室の壁にある便器用トレーも飛ばさないでください。ギリシャ神話の場面が浮き彫りにされていて、通り過ぎるのは簡単でも、一度見たら忘れにくい品です。14世紀の全文金文字写本を所蔵するクルアーン展示室は、館内でいちばん静かな空間でもあります。
いいえ。来館者が見ているのは、ほぼ確実に複製です。2015年に館長モハンマド・シャー・ブハーリーが、原物は国の象徴であり「危険は冒せない」として厳重保管していると認めています。原物の目録番号はNMP 50-852。白色の低火度焼成滑石から彫られ、高さはわずか17.5 cmで、一般的な定規よりも短いほどです。
バーンズ・ロード・フード・ストリートは博物館から歩いて5分ほどで、パキスタンでも伝説的な食の通りのひとつです。店の中には、分離独立後にデリーやラクナウから移ってきた人々によって始まり、50–70年の歴史を持つところもあります。フライケバブならWaheed Kabab House、朝食に食べる一晩煮込んだ牛肉のニハリならMalik Nihari、PKR 100以下で食べられる卵入りのスパイシーなパティを挟んだバンケバブならBabu Bhaiがおすすめです。館内にカフェはないので、水を持参し、食事は見学後に計画するといいでしょう。
出典を明示した資料から作成 · 方法を見る · 私たちのガイドづくり →
保存した場所と最近読んだ場所。この端末にのみ保存されます。
写真はサイズ変更またはトリミングされている場合があります。