リヤドサウジアラビア 24° N · 46° E 検証済み May 2026
1971年に上部を地上で造ってから持ち上げる方式で建設された、リヤドのキノコ型給水塔。スウェーデンの設計をもとにし、油圧ジャッキで持ち上げられた、かつて王国で最も高い建造物でした。
ストックホルムで設計されたコンクリートのキノコが、サウジアラビアのリヤドの上空61メートルに立っています。20階建ての建物を見下ろせる高さで、オリンピック用プール5杯分の水を抱え込める大きさです。タクシー運転手なら誰でもアル=ハッザーンの名で知るリヤドの給水塔は、1971年9月に開業した当時、この国で最も高い建造物でした。王宮地区の脇、取り壊されたカジノの跡地から立ち上がったのです。水危機を解決するために建てられ、やがて都市の顔になりました。
塔の形は一度見たら忘れません。細いコンクリートの柱が大きな逆ピラミッドへ広がり、まるで砂漠の空へ差し出された杯のようです。支柱には灰色と白の縦縞が2本走り、表面の抽象的な幾何学模様は、どれか一つの典拠を写すのではなく、イスラム装飾の伝統をほのめかしています。頂部には12,000立方メートルの水を蓄える主貯水槽があり、その下には350立方メートルの非常用予備槽も収められています。
アル=ハッザーンを訪ねる価値は、工学だけではありません。ひとつの構造物に圧縮された物語があります。近代化を急ぐ若い首都、北欧の設計をアラビアの砂へ移植するスウェーデン人建築家、そして、10年足らずで自分の最高層建築を追い越してしまうほどの速度で膨張した都市。塔はいま、2005年に開園したアル・ワタン公園の中心に立ち、祖父母の世代が土の道の街に立ち上がるのを見上げた構造物の影で、家族連れがピクニックをしています。
リヤドの人に給水塔を見に行くと言うと、親しみに近い表情でうなずかれるはずです。アル=ハッザーンは、ふつうの意味での観光名所ではありません。チケット売り場もなければ、音声ガイドもありません。その代わりにあるのは、ずっと珍しいものです。たまたま記念碑になってしまったインフラです。
リヤドの給水塔は、逆向きに建てられました。1971年、スウェーデン人技術者スーネ・リンドストロームは、12,000立方メートルの巨大な貯水槽頭部をまず地上で打設し、その後、油圧ジャッキで空へ押し上げました。「上からの奇跡」と呼ばれたこの工法では、構造物で最も重い部分をクレーンで吊り上げる必要がありませんでした。完成した塔は高さ61メートル。およそ20階建ての高さで、灰色と白の縞が入った細身のコンクリート支柱の上に、逆ピラミッド型の頭部が載っています。表面の抽象的な幾何学模様は、イスラム装飾の伝統を直接模倣せずにほのめかしています。
リンドストロームはこれを、スウェーデンのエレブルーにある自作のスヴァンペン塔をもとに、およそ3分の1拡大して設計しました。完成当時、サウジアラビアでこれより高いものはありませんでした。周囲の通りはまだ未舗装の土道でした。いまでは四方の地平線にガラスの超高層ビルが立ち並びますが、このキノコ型の輪郭は今もひと目でそれとわかります。リヤドが自分の未来を知る前に建てられた、街で最初の本格的なランドマークです。
この塔は何十年ものあいだ、低木混じりの空き地とインフラ施設に囲まれて、ぽつんと立っていました。流れが変わったのは2005年、現在のサルマン国王であるサルマン王子が、その足元にアル・ワタン公園を開園してからです。この気候ではほとんど意地のようにも感じられる緑が、塔を包みます。ナツメヤシ、よく手入れされた芝生、日が暮れると低いランタンに照らされる散歩道。夕暮れには家族連れが芝生に敷物を広げ、空気も少しだけやわらいで、屋外に座ることが試練ではなく、ごほうびに思えてきます。
公園の中から見上げると、車窓からではつかみにくい塔の比率がよくわかります。支柱は思ったより細く、大きめの居間ほどの幅しかありません。貯水槽の頭部は巨大なコンクリートの日傘のように外へ広がっています。週末の夜には、道はキックボードの子どもたちや、ゆっくり周回するカップルで埋まります。空気はのんびりしていて、観光客向けというより地元の場所です。団体ツアーはまず見かけません。
歴史
1960年代後半のリヤドは、名前こそ首都でも、実態はまだそこまで追いついていませんでした。ほとんどの通りは未舗装で、人口は50万人を超えて急増し、水供給はその伸びについていけなかったのです。1964年に即位し、保守派を警戒させ、技術官僚を熱狂させた近代化路線を掲げていたファイサル・ビン・アブドゥルアジーズ国王は、農業水資源省に解決策を命じました。答えは5,000キロ離れた、バルト海を望むスウェーデンの技術事務所からやってきました。
塔の建設地にも妙な来歴がありました。1930年代に建てられたアブドゥルアジーズ国王の旧居、ムラッバ宮殿地区の近くで、取り壊されたカジノの跡地だったのです。娯楽は壊され、インフラが持ち上がった。その象徴性が意図されたものだったかはわかりません。でも、見逃しにくい話です。
転換点
スーネ・リンドストロームは、この問題をすでに一度解いていました。1958年、ストックホルムの企業ヴァッテンビッグナッズビューロン(VBB)で働いていた彼は、スウェーデンのエレブルーに高さ58メートルの給水塔スヴァンペン、「キノコ」を設計します。やがて小さなこの街で最も有名なランドマークになった塔です。ファイサル国王の発注がVBBに届いたとき、リンドストロームには形を作り直す理由がありませんでした。およそ3分の1拡大し、砂漠の地盤に合わせて基礎を調整し、その設計図をリヤドへ送りました。
彼が送れなかったのは施工方法でした。サッカー場に影を落とせるほど幅のある巨大な塔頭部は、1960年代のサウジアラビアで使えたどのクレーンでも、一体のまま持ち上げるには重すぎました。そこで技術者たちは、貯水槽全体を地上で打設し、その後、中央の支柱に沿って油圧ジャッキで少しずつ持ち上げました。つまりこの塔は、実質的に上下逆に建てられたのです。施工を担ったのはドイツの建設会社で、1971年9月までに完成しました。首都の未舗装道路のどこからでも見える、サウジアラビアでいちばん高い建造物でした。
その後、リンドストロームの会社は、同じ設計の変形版を使ってクウェート全土に30基以上の給水塔を建設しました。スウェーデン本家のスヴァンペンは、いまではエレブルーの保護遺産です。そのサウジアラビア版もまた、正式な文化遺産指定こそまだありませんが、実用品から象徴へというよく似た道をたどってきました。
はい。超高層ビルが現れる前のリヤドのスカイラインを決定づけた建造物ですし、周囲のアル・ワタン公園もあって、実際に立ち寄る価値のある気持ちのいい場所です。塔そのものは高さ61メートルのキノコ型コンクリート彫刻で、エレブルーの有名なスヴァンペン塔を手がけたのと同じスウェーデン人建築家が設計しました。つまり、アラビア砂漠に置かれた20世紀半ばのスカンディナヴィア土木技術の一作を見ているわけです。2005年に開園した周囲の公園には日陰と緑地があり、車窓から首を無理に伸ばさなくても、塔をきれいに撮れる見通しのいい場所が確保されています。
塔の高さは61メートルです。およそ20階建ての建物に相当し、台座を含めた自由の女神の約3分の2ほどです。1971年に完成した時点では、サウジアラビア全土で最も高い建造物でした。主な貯水槽は頂部にあり、12,000立方メートルの水を蓄えられます。オリンピック用プール約5杯分です。
この塔を設計したのは、ストックホルムの企業ヴァッテンビッグナッズビューロン(VBB)に所属していたスウェーデン人建築家スーネ・リンドストロームです。VBBは湾岸地域で数多くのインフラ事業を手がけた企業で、クウェートでも30基を超える給水塔を建設しました。リヤド版の設計は、リンドストロームが1958年にスウェーデンのエレブルーで手がけたスヴァンペン塔を拡大したもので、元の塔より約33%大きくなっています。実際の建設はドイツの建設会社が担当し、1971年9月に完成しました。
塔はリヤド中心部のムラッバ宮殿地区の近くにあるので、すでに市中心部にいるなら、ほとんど着いたも同然です。タクシーでも配車アプリでも、運転手に「アル=ハッザーン」と伝えれば大丈夫です。これは現地アラビア語で「貯水槽」を意味する呼び名で、行き先はすぐ通じます。キング・ファハド通りから車なら、交通状況にもよりますが5分から10分ほどです。
塔の内部は一般公開されていません。展望台ではなく、今も機能している給水インフラだからです。ただし、2005年に塔の足元を囲むように整備されたアル・ワタン公園内では、周囲を自由に歩けます。ここなら近くから眺められますし、逆ピラミッド型の輪郭やコンクリート表面の幾何学模様もよくわかります。
いちばんいいのは午後遅め、日没の約1時間前です。光がやわらぎ、コンクリートが空を背景に暖かく発光して見えます。リヤドの暑さは5月から9月が特に厳しく、日中は45°Cに達することも珍しくありません。屋外でアル・ワタン公園に長くいるなら、11月から2月の冬のほうがずっと快適です。夜も悪くありません。塔はライトアップされ、公園も日没後のほうがにぎわいます。
1971年の完成時には、サウジアラビアで最も高い建造物でした。当時のリヤドでは、まだ多くの通りが未舗装の土道でした。この塔は、砂ぼこりの舞う首都が近代的大都市へ変わっていく節目を示した存在です。リヤド最初の大規模拡張期に深刻な水不足を解消するため、ファイサル国王が建設を命じました。1997年には、現代サウジ国家の出発点となった1902年のリヤドの戦い100周年を記念して再塗装され、単なる配水設備ではなく国家的象徴としての位置づけを固めました。
公園を歩き、写真を撮り、建築を間近で眺めるだけなら、30分から45分ほどで十分です。内部見学はないので、訪問の中心は外観と公園の敷地になります。歩いて回れる半日コースにしたいなら、近くのムラッバ宮殿や国立博物館と組み合わせるのがいいでしょう。
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