リマ

ペルー 更新 Apr 2026

太平洋から流れ込む白い霧にふっと包まれたかと思えば、夜9時には炭火の上でアンティクーチョが香ばしくはぜる。リマは、先史時代のアドベ建築と世界水準のカクテル文化を、ごく当たり前のように同居させている街だ。500年の歴史を刻むバルコニーの足元には洗練された寿司カウンターが並び、ひと皿のランチの中で古代アンデスのとうもろこしから日系ペルーのセビーチェへと軽やかに時代も文化も飛び越えていく。

リマ, ペルー 写真: Jon Liza / Pexels
アトラクション
30
オーディオ
12 h
旅の日数
3-4日
ベストシーズン
12月-4月(晴天が多い)

なぜ リマ

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この大都市の魅力は、いくつもの時間層が折り重なって見えることにある。渋滞する大通りのすぐ脇に先スペイン時代の遺跡が現れ、植民地期の回廊には今も祈りや聖歌の余韻が残る。バランコでは、文学を思わせる壁画とチチャ文化のグラフィティが同じ通りに共存し、サン・イシドロではオフィス街の人々が昼休みに何世紀も前から続くオリーブ園へ足を向ける。海辺の住宅地では、瀟洒な家の戸口にサーフボードが立てかけられている光景も珍しくない。

この街をひとつに結びつけているのは、間違いなく食への情熱だ。セビーチェは昼に食べるべきものとして愛され、夜が更ければチチャロンのサンドイッチが街の定番になる。10月には旧市街が奇跡の主をたたえる紫色に染まり、菓子店にはトゥロン・デ・ドーニャ・ペパが山のように並ぶ。空腹のまま街へ出て、眠る時間の感覚を少し手放してみたい。リマでは、霧の向こうで遺跡とルーフトップバーの境界さえ曖昧になっていく。

  • 時を封じ込めた旧市街

    ユネスコ世界遺産に登録された旧市街では、16世紀以来の木造バルコニーが石畳の歩道に影を落とし、大聖堂には今も香の気配がほのかに残ります。マヨール広場からトーレ・タグレ宮殿へ足を延ばせば、門口に刻まれた双頭の鷲も見どころ。壮麗でありながら人の暮らしの尺度に近い、リマならではの植民地景観に出会えます。
  • 世界屈指のフュージョン都市

    リマの食は、先住民の知恵にスペイン、アフリカ、中国、日本などの影響が重なって育ったもの。アマゾン由来の辛味が煮込みに溶け込み、中華の炒め技法が港町の魚料理に息づくなど、一皿の中にいくつもの文化が自然に同居しています。世界のトップレストランの舞台としても存在感が際立ち、名実ともに美食都市の筆頭格です。
  • バランコの野外アート散歩

    太平洋へとゆるやかに傾くバランコには、パステルカラーの邸宅、壁画、詩の気配を宿した路地が続きます。坂道のバハダ・デ・バーニョスを下っていくと、1876年築のため息橋へ。息を止めて渡ると願いがかなうという言い伝えも、この街の少し気だるくロマンティックな空気によく似合います。
  • 砂漠の崖と太平洋のしぶき

    ミラフローレスの海岸遊歩道マレコンは、太平洋を見下ろす断崖の上を約8kmにわたってのびるリマ随一の景勝地。公園や展望スポットが連なり、日中はパラグライダーが舞い、下の海にはサーファーの姿が点在します。夕暮れどき、鉛色に輝く水平線と街灯の明かりが重なる風景は、海辺の大都市リマを象徴する一場面です。

訪れるべき場所

あらゆる名所ではなく、私たち自身があなたを連れて歩きたい場所だけ。

リマの全216 スポット

街角

どこを歩くか、エリアごとに — それぞれに固有のリズムがあります。

  • Barranco

    シャーベットカラーに塗られた古い館が崖の斜面に連なり、その先に小さな入り江がのぞく。潮の香りに、どこかピスコサワーの気配が混じるのがバランコらしい。昼はギャラリーを巡り、ペドロ・デ・オスマ美術館で副王領時代の華やかな美術を眺め、バルコニー付きのカフェでひと息。夜になると空気は一変し、往年の列車車両を思わせる空間でサルサが流れ、ため息橋の周辺には深夜までストリートミュージシャンの音が響く。
  • Miraflores

    高さ約80メートルの断崖の上では、カモメのようにパラグライダーが空を旋回する。眼下の海岸沿いには遊歩道がのび、クラフトアイスの店先から岩肌に溶け込むように造られたラルコマールへと景色がつながっていく。初めてのリマ滞在ならまず候補に挙がる地区で、上質なホテル、名店マイドのような予約必須のレストラン、日曜市のような気軽な楽しみまで、旅人に必要なものが無理なくそろっている。
  • San Isidro

    サン・イシドロは、高層オフィス群の街でありながら、オリバールの森に入ると別世界の静けさに包まれる。樹齢を重ねたオリーブと大きなフィカスが木陰をつくり、朝には地元の人が鳩の声を聞きながらジョギングを楽しむ。落ち着いた邸宅を改装したバーやレストランも多く、カクテルの名店では、扉を開けた瞬間からプライベートクラブに招き入れられたような洗練が漂う。
  • Centro Histórico

    世界遺産に登録された旧市街では、濃い色の木造バルコニーがレースのように通りへ張り出し、バロック様式の扉や石畳に陰影を落とす。大聖堂の内部には17世紀半ばの聖歌隊席が残り、今も木の香りがかすかに漂う。外へ出れば、ネオンのチーファ看板の下で靴磨き職人たちが冗談を交わしている。昼の衛兵交代を見にプラサ・マヨールへ足を運び、そのあとは18世紀の建物の地下に眠る先スペイン時代の痕跡を訪ねたい。
  • Pueblo Libre

    緑の多い落ち着いた住宅街という印象のプエブロ・リブレだが、ひとたび博物館エリアに入ると空気が変わる。ラルコ博物館では膨大な収蔵品を収めた保管庫が公開され、古代ペルー美術の厚みを実感できる。周辺には重要な博物館が集まり、ペルー史を立体的にたどれるのも魅力だ。庭園のテーブルでセビーチェとよく冷えたピスコを楽しんだら、独立の英雄たちの記憶が残る18世紀の街並みをゆっくり歩いてみたい。
  • Surquillo

    スルキージョの市場に足を踏み入れると、紫とうもろこし、何十種類ものじゃがいも、すり鉢を鮮やかなオレンジ色に染めるアマゾンの唐辛子が一気に視界へ飛び込んでくる。昼どきには手頃な食堂や料理人主導のカウンターで海鮮煮込みやご飯ものを味わえ、夜にはアンティクーチョの煙とクミンの香りが通りに満ちる。ミラフローレスからすぐ近くでありながら、旅の印象をがらりと変えるローカルな食文化の現場だ。
  • Callao (La Punta & Monumental)

    港町カヤオでは、潮で白く乾いた通りの先に17世紀の要塞が立ち、その沖にはアシカの群れる島々が広がる。落書きに彩られた倉庫群はギャラリーやカルチャースペースへと生まれ変わり、砲台のそばでルーフトップイベントが開かれることもある。海沿いのマレコンでセビーチェを味わっていると、巨大なコンテナ船がまるで動く高層ビルのようにゆっくりと視界を横切っていく。

旅の準備

出発前に

アクセス
空の玄関口は、リマ都市圏カヤオにあるホルヘ・チャベス国際空港(LIM)。2025年から2026年にかけて新ターミナルの運用が本格化し、空港へのアクセスは Av. Morales Duárez 側に集約されています。リマには旅行者向けの中央駅のような存在はなく、都市間移動は飛行機か長距離バスが基本。パンアメリカンハイウェイの西の起点でもあり、陸路で南北へ伸びる交通の要衝です。
市内交通
市内移動はバス、配車アプリ、タクシーが中心です。空港からミラフローレスへは公式空港バスの Airport Express Lima が便利で、通常運賃は S/20、2名以上のプロモ料金は S/15。公共バスの AeroDirecto も6路線で運行され、料金はおおむね S/3〜S/5 と手頃です。メトロ1号線は一部区間の移動には使えますが空港へは直結せず、運賃は S/1.50、カード代は S/5.00。Metropolitano BRT も主要動脈として役立ちますが、旅行者にとっては“鉄道都市”というよりバスと車で動く街と考えるのが実際的です。
気候とベストシーズン
リマは海沿いの砂漠気候ですが、イメージほど乾いた青空の街ではありません。夏にあたる12月〜4月は比較的晴れやすく暖かで、海辺の散策や夕景を楽しむのに最適。冬の6月〜9月は気温こそ穏やかながら、ガルーアと呼ばれる霧雨まじりの曇天が続き、街全体がしっとりと灰色を帯びます。初めて訪れるなら12月〜4月、混雑を少し避けたいなら4月〜5月または10月〜11月が狙い目です。
言語と通貨
日常的に使われる言語はスペイン語で、あいさつをきちんと交わすだけでも印象がぐっとやわらぎます。通貨はペルー・ソル(PEN、現地では soles)。ホテルや一部のレストランでは米ドルが通用することもありますが、市場や食堂、ちょっとした移動にはソルの現金があると安心です。ATMは銀行や大型商業施設内のものを利用するのが無難で、両替は正規の場所で行うのが基本です。

砂漠と帝国が出会う場所、リマ五千年の時間

日干しレンガの神殿から「王たちの都」へ。地震と移住が刻んだ都市の記憶

  1. 紀元前200年ごろ

    日干しレンガのピラミッドが姿を現す

    リマック川の氾濫原を見下ろす砂地の尾根で、リマ文化の人々が手づくりの日干しレンガを積み上げ、ワカ・プクヤーナの造営を始めた。高さ24メートル、長さ150メートルに及ぶ階段状のピラミッドは、この地で最初の“都市のスカイライン”となる。灌漑で育てるトウモロコシや綿の播種の時期を占う祭儀では、切り落としたような頂部が海岸の陽光を受けて白くきらめいた。

  2. 1470年ごろ

    インカの巡礼路が海辺へ届く

    綿の鎧に石つぶての音を響かせながら、インカの技術者と兵が谷へ進軍する。彼らはパチャカマックを併合し、千年の歴史をもつ神託の聖地を帝国四大聖所の一つへと組み込んだ。日干しレンガの段丘からは、結縄の記録を携えた伝令が200キロ先のクスコへと駆け、海岸の綿や干し魚はラマの隊商によってアンデスを越えて東へ運ばれていった。

  3. 1535

    ピサロ、シウダ・デ・ロス・レイェスを建設

    フランシスコ・ピサロはリマック川のほとりに杉の十字架を立て、剣先で117街区の碁盤目を描いた。ほどなくして、インカの労働力の上に200戸のスペイン人の家々が建ち上がる一方、新しい広場の外では在地首長タウリチュスコの茅葺きの集落がくすぶっていた。葦と泥で急ごしらえした礼拝堂に最初のミサの声が響き、リマは南米におけるスペイン支配の刃として産声を上げる。

  4. 1536

    インカ軍、城壁の前で包囲に失敗

    夜明けとともに、キス・ユパンキに率いられた4,000人のインカ戦士がリマック川の橋を越えて突進する。彼らの叫ぶ「タキ・ウンクイ」という救世の唱和に、スペイン側の馬は鉄の蹄を鳴らして応じた。およそ200人の征服者はヤシ材の防柵の内側で盾を固め、5か月ののち、攻め手はついに退いた。リマには以後、自らの存続が火薬と運に左右されるという感覚が刻み込まれる。

  5. 1541

    晩餐の席でピサロ暗殺される

    広場に面した宮殿でひよこ豆の煮込みを口にしていたピサロは、アルマグロ派の政敵に十四か所も刺された。流れた血は新しく張られた杉の床を染め、都市の創設者は、使いこなすことのなかった剣を手にしたまま息絶える。黒いビロードと鐘の音に包まれたリマ最初の盛大な葬列は、その後の副王都を特徴づけるバロック的な演出の原型となった。

  6. 1546

    大司教座が置かれる

    教皇勅書により、リマは大司教座都市へと格上げされ、パナマからフエゴ島に至るまでの広大な宗教的管轄権を握ることになった。新しい大聖堂の祭壇を飾る金箔はラバの隊列で運ばれ、告解室には、火薬とアンデスの血の匂いをなおまとった300人の征服者たちの囁く罪が満ちた。

年表をすべて表示(22件)
  1. 1551

    サン・マルコス大学が開学

    王命によりドミニコ会の修道院は、アメリカ大陸初の大学へと姿を変えた。むき出しの杉梁の下でラテン語の講義が響き、学生たちはろうそくの灯りでアリストテレスを書き写す。その外では、アンデスから来た市場の女たちが、のちに「宇宙食の先祖」とも語られる乾燥ジャガイモを売っていた。

  2. 1579

    聖マルティン・デ・ポレス誕生

    アフロ・ペルー系住民が暮らす地区のはずれにある手狭な長屋で、解放奴隷の息子が産声を上げた。のちのマルティンは30年にわたりリマのドミニコ会施療院で床を掃き、薬草の湿布と徹底した謙遜の心で病人を癒やす。その徳の高さは、副王の馬でさえ彼の前ではひざまずくと語られた。1962年の列聖によって、リマはアメリカ大陸初の黒人聖人の生誕地となる。

  3. 1687

    大地震、大聖堂に深い亀裂を残す

    午前2時、地面は3分間にわたり激しく揺れ、すべての塔を倒し、青銅の鐘は叫ぶ月のように広場を転がった。崩れた日干しレンガの下で600人が命を落とし、副王メルチョール・デ・ナバラは大聖堂の再建を命じる。今度はより幅広い控え壁と、都市のふくらむ自負心を反響させるに足る強靭な天井を備えていた。

  4. 1746

    津波がカヤオを消し去り、リマを砕く

    海底断層がずれ、海は一度大きく引いて難破船をさらし、そののち高さ24メートルの壁となって押し寄せ、4分で港町カヤオを消し去った。内陸3キロのリマでも、3,000棟のうち立っていた家はわずか25棟。空気には塩と砕けた石灰の匂いが混じり、生き残った人々は、前日のシエスタの熱をまだ宿す瓦礫を掘り返した。

  5. 1821

    サン・マルティン、独立を宣言

    7月28日の正午、ホセ・デ・サン・マルティンは広場の木造バルコニーに立ち、太陽を受けた軍刀をきらめかせた。「ペルーよ、自由であれ」。その叫びは白く塗り直された回廊のあいだでこだまし、副王宮殿の扉からスペイン王家の紋章を引き剥がす6,000人のリマ市民の声に重なった。286年ぶりに、サン・マルコスの鐘は、リマの誰一人見たことのない王のためではなく、新しい時代のために鳴った。

  6. 1833

    リカルド・パルマ誕生

    独立の歓声が上がった広場を見下ろす二階の一室で、ペルー史の機知に富んだ小品を書き出すことになる少年が生まれた。パルマの『ペルーの伝承』は、埃をかぶった古文書を酒場で耳にした噂話のように蘇らせ、リマに自らの伝説を笑い飛ばす術を教える。チリ占領後に彼が再建した国立図書館は、都市にとって世俗の大聖堂のような存在となった。

  7. 1881

    チリ軍、首都を占領

    サン・フアンとミラフローレスの戦いの後、青と白の兜をかぶったチリ兵がアベニーダ・コルメナを進軍した。彼らは国立図書館から2万冊もの本を戦利品のように持ち去り、将校たちは政府宮殿で副王時代の銀器を使って食事を楽しむ。その間にリマの上流層は山地へ逃れた。占領は苦い2年間続き、都市の自己像に消えない傷を残した。

  8. 1920

    チャブーカ・グランダ誕生

    海塩とジャスミンの香りが漂うバランコの洒脱な街区で、一人の女の子が生まれた。のちに彼女は『ラ・フロール・デ・ラ・カネラ』を書き、リマの古い木橋を失われた恋の象徴として世界に広める。たばこと郷愁に擦れたその歌声は、都市が自らのメランコリーを聴き取る耳を育てた。

  9. 1940

    大地震が首都を再起動する

    1940年の地震は300人の命を奪い、大聖堂の新しいコンクリート製ドームを卵の殻のように裂いた。復興資金はアール・デコの映画館や、アベニーダ・ウィルソン沿いに並ぶ最初のガラス張りオフィス群を生み出す。リマは瓦礫のなかで近代性を手に入れ、1950年代に押し寄せるシボレーの車列とアンデス移住者を受け入れるため、通りを広げていった。

  10. 1960

    ホルヘ・チャベス空港が開港

    プロペラ機の時代が終わり、リマの空の玄関口は埃っぽいリマタンボから、カヤオの埋め立て地へと移った。新しい全長3,400メートルの滑走路にはついにボーイング707が降り立ち、都市の孤立はジェットエンジンの轟音とともに終わりを告げる。ビートルマニアも、平和部隊の若者たちも、やがてセビーチェを求める旅行者たちも、この轟音に乗ってやって来た。

  11. 1988

    歴史地区が世界遺産に登録

    プラサ・マヨールに掲げられたユネスコの銘板は、積み重なる600年の歴史を認めるものだった。足元にはインカの石積み、その上にはバロック様式のバルコニー、さらにその合間にアール・デコのファサードが差し込まれる。登録によって多くの邸宅は取り壊しを免れたが、夜になると、闇市場で売るために植民地時代のタイルを剥がす鑿の音がなお響いていた。

  12. 1992

    タラタ通り爆破、ミラフローレスを揺るがす

    午後9時17分、緑の並木に縁取られたタラタ通りでセンデロ・ルミノソの車両爆弾が炸裂し、25人が死亡、エスプレッソを傾けていたカフェのガラスは吹き飛んだ。幅3メートルの爆心地は、都市の良識を裂く断層のような傷となる。テロは最も裕福で洗練された街区にも届くのだと、リマは思い知らされた。のちに整えられる25本のオリーブの追悼林では、ねじれた車体金属から作られた風鈴が風に鳴ることになる。

  13. 2007

    マジック・ウォーター・サーキット開業

    かつて忘れられた存在だったパルケ・デ・ラ・レセルバで、13基の噴水がペルーのワルツに合わせて高さ80メートルの水柱を描くようになった。1990年代の暴力から身を引いていた家族連れが一斉に戻り、子どもたちは虹色の霧のなかを駆け抜ける。リマは光と水によって公共空間を取り戻し、恐れを都市の祝祭へと変えた。

  14. 2011

    メトロ1号線が開通

    30年にわたり停滞していた計画の末、リマ初の地下鉄車両が、渋滞するパンアメリカン・ハイウェイの上を走る高架線路に静かに滑り出した。今や人口の7割を占めるアンデス系移住者たちは、90分かかっていたバス移動を25分に縮める銀色の“都市の虫”を手に入れ、砂漠の首都はようやく少し身近な大きさになる。

  15. 2019

    リマ、パンアメリカン競技大会を開催

    太平洋の霧のそばにビーチバレーのコートが出現し、プンタ・ロカスではペルー人選手が史上初のサーフィン金メダルを手にした。17日間にわたり、リマの人々は気負いなく赤と白の国旗を振り、この街は交通渋滞だけでなく、大きな国際舞台も采配できるのだと知る。

  16. 2025

    新空港ターミナルが到着

    660,000平方メートルのガラスの波のような新ターミナルが、古びた砂丘の脇に立ち上がり、旅客処理能力は4,000万人規模へと拡大した。館内では、3,000株のランが茂る生きた垂直庭園の下で、セビーチェ・バーがタコ料理を供する。塩気を唇に、密林の息吹を胸に宿したリマが、世界を迎え入れる新しい玄関口である。

誰が ここに暮らした

  • アメリカ大陸生まれ初のカトリック聖人 · 1586-1617

    聖ローザ・デ・リマ

    リマで生まれ、リマで没した

    本名イサベル・フローレス。ヴェールの下に薔薇の冠を忍ばせ、この街の通りを歩いたと伝えられます。いまもタクナ通りにある生家には巡礼者が絶えず、捧げられた花びらの香りが街の喧騒にやさしく混じります。

  • ノーベル賞受賞作家 · 1936-2025

    マリオ・バルガス=リョサ

    人生の大半をリマで過ごした

    軍学校、ラジオ局、墓地、権力と欲望。リマという都市の複雑さを、鋭利な文体で切り取った作家です。いまもバランコのカフェに座っていると、エスプレッソの湯気と海霧のあいだに、彼の小説の声が漂ってくるようです。

  • シェフ・食文化の発信者 · 1967-

    ガストン・アクリオ

    リマ生まれで、リマでキャリアを築いた

    ミラフローレスの一皿から、ペルー料理を世界の食卓へ押し上げた立役者。現在の代表店「Astrid y Gastón」は、かつてスペイン貴族が暮らした由緒ある館に入り、リマの食文化そのものの上昇を象徴しています。

  • クリオージャ音楽の歌手・ソングライター · 1920-1983

    チャブーカ・グランダ

    幼少期にリマへ移り、バランコで創作した

    夜更けのバハーダ・デ・バニョス周辺では、いまも彼女の歌が流れます。『ラ・フロール・デ・ラ・カネラ』の旋律に合わせて、古い木橋と街灯の光が恋人たちの足取りをそっと導くようです。

  • スペイン人征服者 · c.1475-1541

    フランシスコ・ピサロ

    1535年にリマを建設した

    リマック川沿いに都市の碁盤目を描き、「王たちの都」を築いた人物。彼の遺骨は現在も大聖堂に納められ、みずから整えた広場を静かに見守っています。

  • オペラ歌手(テノール) · 1973-

    フアン・ディエゴ・フローレス

    リマのミラフローレス生まれ

    少年時代に歌声を磨いた彼は、いまや欧州の歌劇場を沸かせる世界的テノールです。それでも祖国の舞台に戻り、グラン・テアトロ・ナシオナルで歌う姿には、リマの海風が美食だけでなく高らかな声も育てる街であることが感じられます。

食事スポット

観光客向けメニューではなく、地元の人が実際に夕食を予約する店。

とっておきの ヒント

街のあなたへの接し方が変わる、ちょっとしたこと。

  • 空港公認バスを活用

    空港で客引きタクシーを探す必要はありません。ミラフローレスへは、空港公認の「Airport Express Lima」が1時間ごとに運行しており、料金はS/15前後です。
  • 青空狙いは夏季

    リマの海岸線がもっとも晴れやすいのは12月から4月。6月から9月は名物の霧雨混じりの海霧「ガルーア」に包まれ、太平洋を望む断崖の景色も霞みがちです。
  • 小額紙幣を準備

    市場や屋台のセビーチェ、路線バスでは高額紙幣が使いにくいことが多め。小銭やS/10札を別に持っておくと支払いがぐっと楽になります。
  • 生ものは慎重に

    地元の人でも路上屋台の生野菜や未加熱の果物には慎重です。お腹を守るなら、果物は自分で皮をむくか、飲み物は密封ボトルを選ぶのが無難です。
  • マレコンは夕景が本番

    パラグライダーは夕方6時ごろまで飛ぶことが多く、断崖の夕景を狙うならビジェナ橋のバランコ側がおすすめ。やわらかな斜光に海岸線が美しく浮かびます。

よくある質問

リマは立ち寄るだけの街ですか? それとも訪問する価値がありますか?

十分に訪れる価値があります。数千年級のアドベ遺跡、スペイン植民地時代の広場、南米屈指の美食、そして太平洋に沈む夕日までが一つの都市に重なり、移動も比較的手頃です。

リマには何日くらい滞在すればいいですか?

初訪問なら3日あると全体像をつかみやすいでしょう。1日目は歴史地区の大聖堂と博物館、2日目はミラフローレスからバランコの海岸線と食巡り、3日目はパチャカマック遺跡、またはプエブロ・リブレの博物館群と市場ランチがおすすめです。

リマは観光客にとって安全ですか?

夜はミラフローレス、バランコ、サン・イシドロを中心に動き、公認タクシーか配車アプリだけを使い、スマートフォンをむやみに見せないこと。これだけでもリスクはかなり下げられますが、比較的安全とされる地区でもスリや置き引きは起こります。

空港からミラフローレスへ一番安く行く方法は?

費用を抑えるなら、まず空港からAeroDirectoの公共バスで市内方面へ向かう方法が有力です。行き先によっては途中でMetropolitanoなどに乗り継ぐ必要がありますが、合計でも公認タクシーよりかなり安く済みます。

噴水ショーはいつ見られますか?

パルケ・デ・ラ・レセルバの噴水群「シルクイト・マヒコ・デル・アグア」は夜の演出が見どころです。曜日やイベントによって運営が変わることがあるので、訪問前に最新の開催情報を確認すると確実です。

ラルコ博物館は事前予約が必要ですか?

通常は当日入場で問題ありません。ラルコ博物館は展示だけでなく庭園レストランも人気なので、見学後に食事をしたい場合は入館時に席の状況を確認しておくと安心です。

すべての観光スポット.

216 スポット

サン・ミゲル
Place

サン・ミゲル

政府宮
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政府宮

チョリージョス
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チョリージョス

ラルコ博物館
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ラルコ博物館

ワカ・プクヤーナ
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ワカ・プクヤーナ

リマ大聖堂
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リマ大聖堂

レアル・フェリペ要塞
Place

レアル・フェリペ要塞

マヨール広場 (リマ)
Place

マヨール広場 (リマ)

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ウアカ・ワジャルマルカ

チャイナタウン (リマ)
Place

チャイナタウン (リマ)

サン・マルティン広場
Place

サン・マルティン広場

サンティアゴ・デ・スルコ
Place

サンティアゴ・デ・スルコ

ペルー立法宮
Place

ペルー立法宮

トーレ・タグレ宮殿
Place

トーレ・タグレ宮殿

リマ大司教宮殿
Place

リマ大司教宮殿

ラ・マリーナ灯台
Place

ラ・マリーナ灯台

博覧会公園
Place

博覧会公園

サン・マルコスのカソナ
Place

サン・マルコスのカソナ

ラモン・カスティーリャ広場
Place

ラモン・カスティーリャ広場

リザーブ公園
Place

リザーブ公園

Place

ペルーの金博物館と世界の武器

イタリア美術館
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イタリア美術館

リマ自然史博物館
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リマ自然史博物館

ボリバル広場
Place

ボリバル広場

ペルー国立考古学・人類学・歴史博物館
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ペルー国立考古学・人類学・歴史博物館

ボロネジ広場
Place

ボロネジ広場

Plaza Dos De Mayo
Place

Plaza Dos De Mayo

サン・アグスティン教会、リマ
Place

サン・アグスティン教会、リマ

ペルー広場
Place

ペルー広場

プラザ・グラウ
Place

プラザ・グラウ

イタリア広場
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イタリア広場

サンマルコス大学王立カレッジ
Place

サンマルコス大学王立カレッジ

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シャロンシナゴーグ

アリカ・モロの戦士たちの博物館
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アリカ・モロの戦士たちの博物館

サンマルコス国立大学美術館
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サンマルコス国立大学美術館

リマ大都市博物館
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リマ大都市博物館

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サン・マルコス大学スタジアム

中国のアーチ
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中国のアーチ

コパカバーナの聖母教会
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コパカバーナの聖母教会

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チョカベントタワー

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国立アフロペルー博物館

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サンタ・テレジータ・デル・ニーニョ・フス教会

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脳の博物館

リマ美術館
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リマ美術館

セサール・バジェホの記念碑
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セサール・バジェホの記念碑

ペルー国立図書館
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ペルー国立図書館

ピサロのグリッド
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ピサロのグリッド

Malecón De Miraflores
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Malecón De Miraflores

1–48 件目 / 全 216 件

写真のクレジット (6)
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