カラーウーン病院

カイロ, エジプト

カラーウーン病院

1284年から1285年に墓、学校、モスク、病院として築かれたカラーウーンの複合体は、アル=ムイッズ通りの一角を、中世における権力と慈善の実地 درس へと変えています。

EGP 220/110 foreign adult-student; EGP 20/10 Egyptian adult-student

イントロダクション

いったいなぜ、カラーウーン病院はまったく別の、はるかに古い舞台に属しているのに、アル・ノズハ地区として案内されることがあるのでしょう。カラーウーン病院を訪れる理由は、カイロでもこれほど多くを一度に語ってしまう建物がほとんどないからです。野心、慈善、暴力、悲嘆、修復。いま、あなたはアル=ムイッズ通りから一歩入って、縞模様の石、ファサードに深く刻まれたクルアーンの帯文、そして高窓からほこりのようにやわらかな光が落ち、車の騒音がさざめきへと薄れていく霊廟へ足を踏み入れます。

ひと目には、立派なマムルーク朝の墓に学校が付属しているように見えます。でも、その読み方では整いすぎています。記録資料によれば、スルタンのアル=マンスール・カラーウーンは1284年から1285年にかけて、霊廟、マドラサ、礼拝空間、そしてビーマーリスターンをひとつにまとめて築き、ひとつの建造物を「誰がカイロを統治する資格を持つのか」を公に論じる声明へ変えました。

場所にも意味があります。バイン・アル=カスラインはファーティマ朝カイロの儀礼的な背骨であり、後のどの王朝も、継承したい、書き換えたい、あるいは白昼堂々と奪いたいと望んだ都市の地面でした。

美しさに惹かれて来てもかまいません。でも、落ち着かなさのために残ることになるでしょう。頭上のドームは1903年の再建で、この場所をかつて有名にした病院の大半は失われています。そして複合体全体には、民衆へ差し出された敬虔さと、石に刻み込まれた権力とのあいだの緊張が、いまも残っています。

見どころ

通りに面したファサードと影の差す入口

驚きは中に入る前にやってきます。カラーウーンの高さ67メートルのファサードは、ロンドンのバス7台を鼻先から最後尾までつないだほどの長さがあり、バイン・アル=カスラインに沿って、市場の通りへ王家の舞台装置をそのまま落としたように伸びています。少し北へ歩いてアル=ムイッズ通りに立ち、商人たちの金属音と会話を耳に満たしてから、彫り込まれたスルス書体の帯文、格子窓、入口の縞模様の石に目を向けてください。スルタン、アル=マンスール・カラーウーンは、権力が人前で自らを演じることを好んだからこそ、1284年から1285年にかけて旧ファーティマ朝宮殿の軸線上にこれを築きました。そして建物は、いまもそのことをよく知っています。

カラーウーン病院のファサードと周囲の街並みを通り側から捉えた建築景観。カラーウーン病院、カイロ、エジプト。
カラーウーン病院のミナレット外観の細部。マムルーク朝の石造装飾が際立つ。カラーウーン病院、カイロ、エジプト。

霊廟の空間

霊廟に入ると、空気は一瞬で変わります。暗い通路、ひんやりした空気、そして大理石、スタッコ、金箔を施した木部、巨大なミフラーブが、視線をドームから壁へ何度も引き戻す空間が現れます。真珠母の象嵌と厚みのある窓まわりをよく見てください。そこでは建物が、内部をメッカへ向けるために、通りの線からひそかにずれているのです。この小さな空間上の“ごまかし”は、中世カイロをどんな説明板より雄弁に語ってくれます。

病院側の端まで通しで歩く

多くの人は霊廟で足を止めますが、それではもったいない。入口からマドラサの中庭を抜け、奥の病院遺構まで全体を歩いてみると、この複合体の本当の知性が見えてきます。圧縮、解放、影、光、祈り、学び、治療。そのすべてが、後世の記録によればわずか1年あまり、ヒジュラ暦683年から684年、西暦でおよそ1284年から1285年のあいだに完成した基盤の中へ詰め込まれているのです。噴水の痕跡が残る静かな奥庭へたどり着き、背後にドームを額縁のように見るころには、この建物は単なる墓ではなく、身体と魂をいたわるための装置として読めるようになります。

カラーウーン病院の霊廟内部。彫刻装飾と墓所空間が見える。カラーウーン病院、カイロ、エジプト。
ここに注目

ファサードの帯文と入口のまぐさ石を見上げてください。そこにある碑文は、ヒジュラ暦683年から684年/西暦1284年から1285年の建設年代を記しており、装飾をそのまま時刻印に変えています。

訪問者向け情報

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アクセス

この複合体があるのは、歴史地区カイロのバイン・アル=カスラインに面したアル=ムイッズ・リ=ディーン・アッラー通りで、現代のアル・ノズハ地区ではありません。いちばん楽なのは、北から南へ歩くならバーブ・アル=フトゥーフまでUberかタクシーで行くこと。通りの途中から合流したいならアル=アズハル・モスクでもかまいません。Bab El Shaaria駅からなら徒歩約9分で、カイロの2つの街区を市場の路地でつないだほどの感覚です。

schedule

開館時間

2026年時点で、文化財当局の案内では毎日午前9時から午後4時までとなっています。古い旅行者の記録には午後5時とあるものも多いものの、午後遅い時間の入場はあてにせず、早めに行くのが無難です。ラマダン期や一部区画の臨時閉鎖で、予告なく見学範囲が縮むこともあります。

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所要時間

ざっと中を見るだけなら30分から45分。霊廟で時間をかけ、石の仕事をきちんと見たいなら45分から75分は見ておきたいところです。アル=ムイッズ通りの散策全体に組み込むなら話はすぐ変わります。ここでは2時間から5時間が、礼拝空間に差し込む午後の光のように、あっという間に消えていきます。

accessibility

バリアフリー

バリアフリー対応は限られています。凹凸のある歴史的な舗装、敷居、階段、そして人通りの多い通りに面した窮屈な動線を想定してください。車椅子利用者は、よくて一部のみ見学可能と考えておくべきです。エレベーターや正式な感覚支援設備の証拠は見当たりませんでした。

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料金とチケット

2026年時点で、文化財当局の案内ページではアル=ムイッズ地区共通券は外国人一般がEGP 220、外国人学生がEGP 110、エジプト人一般がEGP 20、エジプト人学生がEGP 10です。洗練された時間指定入場ではなく、複数 monument をまとめた共通券なので、現地購入が基本です。オンライン予約や本当の意味での行列回避を期待しないほうがいいでしょう。

訪問者へのアドバイス

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服装は控えめに

肩と膝は隠し、礼拝空間に入る可能性があるならスカーフも持っておくと安心です。靴は脱ぎやすいものが向いています。古い石のほこりはどこにでも入り込みますし、モスクの敷居で靴ひもと格闘したい人はいません。

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撮影は慎重に

2026年時点で、エジプトでは個人の非商用撮影は許可証なしで認められていますが、屋内でのフラッシュ撮影は不可です。書面による許可をすでに持っていない限り、三脚とドローンは持ち込まない計画にしておきましょう。そして祈っている人には、はっきり同意がある場合を除いてカメラを向けないこと。

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チップの罠

警備員や非公式の案内役が、部屋は閉まっているとほのめかしたあと、現金を払えば開けると言ってくることがあります。まず、その見学が共通券に含まれているか確認してください。小額紙幣を用意し、市場の人波のなかで分厚い財布を見せびらかさないことです。

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食事処

古いカフェの空気を味わいたいなら、ハーン・アル=ハリーリのEl Fishawiへ。価格帯は手頃で、夕食よりお茶向きです。落ち着いて食事をするならKhan El Khalili Restaurant & Naguib Mahfouz Cafeが中価格帯。日が落ちたあとの屋上ディナーならZeeyara Moezがよく合います。

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朝早く行く

賢いのは朝です。空気がまだ涼しく、ファサードに当たる光もやわらかい。しかも、通りが家族連れ、ツアー客、そして正午すぎのアル=ムイッズを流れていく長い人波で満ちる前に、内部が開いている可能性が高まります。

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通りごと組み合わせる

カラーウーンだけを単独の立ち寄り先にしないでください。アル=アクマル・モスク、アル=ナーシル・ムハンマド・イブン・カラーウーンのマドラサ、バルクーク、そしてハーン・アル=ハリーリとあわせて歩くといい。通り全体がひとつの石の議論のように読め、各ファサードが前のファサードに応答しているのがわかります。

食事スポット

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必ず味わいたい一品

フール・メダメス – そら豆をにんにく、レモン、油でじっくり煮た料理 ターメイヤ – エジプト風ファラフェル。中東の一般的なものよりカリッとしていて香辛料が効いています フェティール・メシャルテット – 層になったパリパリの生地の菓子または軽食 ハワウシ – 香辛料を利かせたひき肉を詰めたパン モロヘイヤ – にんにくの効いた緑のハーブの煮込み。ウサギ肉や鶏肉を合わせることが多いです ハマーム・マフシ – ハーブと米を詰めて焼いた鳩 ベサラ – そら豆とハーブのなめらかなディップ カルカデ – 酸味のあるハイビスカスティー。温かくしても冷たくしても出されます サハラブ – ナッツとココナッツを加えた、温かくクリーミーなミルクドリンク アラビックコーヒー – 強くてカルダモンが香る、小さなカップで出されるコーヒー

فول فلافل محمد على

軽食
エジプトのストリートフード €€ star 5.0 (12)

おすすめ: フール・メダメスとターメイヤ(エジプト風ファラフェル)はまさに本命です。外はカリッと、中は素朴な風味で、毎朝できたて。温かいピタとレモンを少し搾ってどうぞ。

ダルブ・アル=ムイッズで、地元の人が実際に朝食をとるのがここです。観光客向けメニューも、飾り気もありません。何十年も変わらないやり方で作られてきた、本物のエジプト屋台料理だけがあります。

schedule

営業時間

فول فلافل محمد على

月曜〜水曜 午前7:00 – 午後6:00
map 地図

مطعم الأرزاق بالله

地元で人気
エジプト伝統料理 €€ star 5.0 (4)

おすすめ: メゼの盛り合わせと、じっくり煮込んだシチューは安定しておいしいです。厨房の勢いが最高潮で、団体客ではなく本当の地元客が集まる深夜か早朝に行くのがおすすめです。

アル=ムイッズ通りのど真ん中で24時間営業。深夜の散策のあとや夜明け前の礼拝前に、地元の人が一食とるのはこんな店です。気取りのない、まっとうな料理。

schedule

営業時間

مطعم الأرزاق بالله

24時間営業
map 地図

فول فلافل ابو طارق

軽食
エジプトのストリートフード €€ star 5.0 (4)

おすすめ: 温かいバラディパンに包んだフールとターメイヤのサンドイッチ。新鮮なトマト、玉ねぎ、辛いソースをのせて。シンプルで完璧、しかも20 EGP未満です。

ハーン・ガーファルは歴史地区カイロでも比較的静かな路地で、アブ・タリクは何年もこの界隈の朝食と昼食の定番です。工事現場の作業員や事務職の人たちに肩をぶつけ合うように並んで、立ったまま食べることになります。

schedule

営業時間

فول فلافل ابو طارق

月曜〜水曜 午前9:00 – 午後11:00
map 地図

كافيه ساعة صفا

カフェ
カフェ €€ star 5.0 (2)

おすすめ: ここではミントティーとトルココーヒーが基本です。甘いものが欲しければ、その日にできたてのバクラヴァかコナーファがあるか聞いてみましょう。

ダルブ・カルムズの奥にひっそりあるこの24時間営業のカフェは、アル=ガマレイヤで本当に人が集まる場所です。地元の人たちがバックギャモンをし、茶をすすり、その日のニュースを論じ合っています。観光客も、いわゆる映える雰囲気もありません。ただカイロがあるだけです。

schedule

営業時間

كافيه ساعة صفا

24時間営業
map 地図
info

食事のヒント

  • check アル=ムイッズ通りの小さな食堂や屋台の多くは現金払い בלבדです。小額紙幣を持って行きましょう。
  • check 朝食の時間帯(午前7時〜10時)は、フールとターメイヤを食べるのに最適です。できたてで、いちばん混雑が少なく、地元らしい客層に出会えます。
  • check イスラム地区のカイロでは夜遅く(午後10時以降)に食事をするのはごく普通です。24時間営業の店の多くは、夜の礼拝のあと地元の人で埋まります。
  • check 特に混み合う屋台では、支払う前に必ずカウンターで請求額を確認しましょう。
  • check ミントティーやコーヒーは、会話を楽しみながらゆっくり飲む社交の飲み物です。1杯だけで1時間ほど座っていても普通です。
グルメエリア: アル=ムイッズ通り(ダルブ・アル=ムイッズ) – イスラム地区カイロの歴史的な背骨のような通りで、フール、ターメイヤ、コーヒーの屋台が並びます ハーン・エル=ハリーリ・バザール – 香辛料店、甘味店、観光客向けのカフェが、地元のたまり場と入り混じっています スーク・アル=アッタリーン – 香辛料とハーブの市場。食材を眺めたり、屋台の軽食をつまんだりするのに最適です ハーン・ガーファル – より静かな路地。本物の近所の食堂があり、ツアー客はいません

レストランデータ提供元: Google

歴史的背景

病院、霊廟、そして記憶の接収

記録史料によれば、スルタン・カラーウーンの複合体は1284-1285年にさかのぼります。バフリー・マムルーク朝がカイロを公式な首都へ作り替えていた時代です。カラーウーンが選んだのは静かな敷地ではありません。旧ファーティマ朝宮殿地区の内側、バイン・アル=カスラインにこの複合体を据えました。そこでは、どのファサードも通りに刻み込まれた王朝の記憶と競わなければならなかったのです。

その選択が建物の意味を変えました。これは一人の支配者のための葬祭記念建築にとどまりません。霊廟は教育、祈り、病院と結びつけられていました。つまり、埋葬、福祉、学問、正統性が同じ入口を通って入ってくる構成だったのです。

誓いが権力の演出に変わるまで

表向きの物語は美しく敬虔です。病から回復したことに感謝したスルタン・カラーウーンが慈善病院を建て、その上にカイロ屈指の霊廟を据えた、という話です。伝承によれば、ダマスカスのヌールッディーンのビーマーリスターンで受けた治療に心を動かされ、カイロにも同様の施設を建てたといいます。観光客の多くはそこで話を終えます。もっともらしい話です。

疑いは、その建設速度と立地から始まります。記録史料では建設は1284-1285年とされ、後世の記述では、カイロでもっとも政治色の濃い一画で、アミール・アラム・アッディーン・サンジャル・アッ=シュジャーイーの監督のもと、約13か月で完成したと伝えられています。その速度は、辛抱強い信心を思わせません。切迫です。

真相はもっと厳しいものです。軍人奴隷から身を起こして王位をつかんだカラーウーンには、墓だけでは足りませんでした。自分がカイロの儀礼的中心に属する存在だと証明する必要があったのです。そして転機は、支配を固めたのち、ファーティマ朝の王家の土地を自らの王朝のために取り込んだ時に訪れます。同時代および後代の報告は、慈善を掲げる建物の建設に、強制労働、立ち退き、戦争捕虜の使用があったと伝えています。そこまで知ると、この複合体は純粋な信仰には見えなくなります。石で組み上げられた公開の主張に見えてくるのです。彫られた帯文のひとつひとつが、同じことを言っているように。いまここを支配するのは私だ、と。

人々が忘れがちな部分

多くの来訪者が霊廟を強く記憶するのは、そこが完全に劇的な姿を保っているからです。けれど中世カイロでは、病院のほうがより重要だと見なされていたかもしれません。記録に基づく史料も、伝承に基づく史料も、このビーマーリスターンを財団の公的な顔として扱っています。病者へのケアが、王の資金を道徳的権威へ変えた部分です。

損壊、修復、再創造

いま目にする建物は、1285年の姿のまま凍りついているわけではありません。記録史料は1302-1303年の地震による被害と、1303年にアル=ナーシル・ムハンマドのもとで行われた修復を伝えています。一方、もとの霊廟のドームは18世紀までに失われました。現在この複合体の上にあるドームは1903年のもので、マックス・ヘルツ・ベイがアル=アシュラフ・ハリールの霊廟を手本に再建したものです。つまり、この場所を象徴する輪郭のひとつは、すでに喪失と向き合った結果でもあるのです。

大きな未解決の疑問は、まさに頭上にかかっています。カラーウーンの元の霊廟ドームがどのような姿だったのか、正確には誰にもわかっていないのです。現在のドームは1903年に建てられた、根拠ある推定にもとづく再建です。つまり、この複合体でもっとも多く写真に撮られる要素のひとつは、一部が20世紀の推測でもあります。

もし1303年8月8日にまさにこの場所に立っていたなら、歴史地区カイロを地震が襲った瞬間、通りの騒音の上から石組みのひび割れる音が聞こえたはずです。ミナレットからほこりがこぼれ、人びとは混乱のなかで祈りの言葉を叫び、空気は砕けた石の粉で鋭く変わります。揺れが収まったとき、カラーウーンの王朝的な見せ場は、街の儀礼的な背骨の真ん中で傷を負って立っています。

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よくある質問

カラーウーン病院は訪れる価値がありますか? add

はい。権力、信仰、公的なケアがひと息に現れる建築に関心があるなら、行く価値は十分あります。ここは単なる墓ではありません。カラーウーンは1284-1285年に、歴史地区カイロの儀礼的な背骨であるバイン・アル=カスラインに、霊廟、マドラサ、礼拝空間、病院を築きました。驚くのは、アル=ムイッズ通りの喧騒から、薄暗い回廊、ひんやりした石、そして大理石とスタッコと、水の上に落ちる塵のような光に縁取られた霊廟へと切り替わる、その感覚です。

カラーウーン病院の見学にはどれくらい時間が必要ですか? add

ざっと眺める以上の体験をしたいなら、45分から75分は見ておきましょう。主要な内部空間だけなら30分でも回れますが、長い入口通路、マドラサの中庭、多くの来訪者が通り過ぎる病院側の端まで意識して見ると、この場所はずっと腑に落ちます。アル=ムイッズ散策の一部に組み込めば、この地区だけで2時間から5時間はたっぷり過ごせます。

カイロからカラーウーン病院へはどう行けばいいですか? add

いちばん簡単なのは、タクシーか配車サービスでバーブ・アル=フトゥーフかアル=アズハル・モスクまで行き、そこからアル=ムイッズ通りを歩いてバイン・アル=カスラインへ向かう方法です。公共交通機関なら、通常もっとも近いのはバブ・エル・シャーリア駅で、数ブロック分ほど歩けば着きます。ひとつ訂正しておきたい点があります。この複合体があるのは現代のアル・ノズハではなく、歴史地区カイロです。

カラーウーン病院を訪れるのに最適な時間はいつですか? add

朝か、できれば午前9:00から正午のあいだの早い午後までに行くのがおすすめです。現在の公式来訪情報では、記念物群の見学時間は毎日おおむね午前9:00から午後4:00までとされています。通りの人出が増し、カイロの暑さが太鼓の皮を押さえる手のように石にのしかかってくる前のほうが、内部空間の印象はずっといいです。長居したいなら、夏より冬のほうが向いています。

カラーウーン病院は無料で見学できますか? add

通常は無料ではありません。アル=ムイッズ通りの有料記念物チケットに含まれています。現在の省の案内では、外国人の大人はEGP 220、外国人学生はEGP 110で、エジプト人向けにはさらに安い料金があります。ただし、チケット制度は変わることがあります。通り自体を歩くのは無料なので、入場しなくても外からファサード、ドーム、ミナレットをじっくり観察することはできます。

カラーウーン病院で見逃してはいけないものは何ですか? add

霊廟のミフラーブ、長く暗い入口回廊、そして奥の病院側は見逃さないでください。多くの人はドームを撮影して先へ進みますが、この建物の本当の告白は空間の連なりにあります。圧縮された通路、突然あふれる中庭の光、そして宝石のような埋葬室。前室では小さなムカルナスを見上げ、通りのファサードが一直線を保ちながら、建物全体はメッカの方角へねじれていく様子を確かめてください。

カラーウーン病院はアル・ノズハにありますか? add

いいえ。その思い違いをすると、この場所の意味が抜け落ちます。この複合体は歴史地区カイロのアル=ムイッズ・リ=ディーン・アッラー通り、バイン・アル=カスラインにあり、ユネスコ登録地区の歴史的中心部の内側に立っています。アル・ノズハに置いてしまうと肝心の点が消えてしまいます。カラーウーンがここに建てたのは、カイロの古い儀礼的中心を自らのものとして占めるためだったからです。

出典

  • verified
    ユネスコ世界遺産センター

    この記念建造物が歴史地区カイロに属することを確認し、ユネスコ登録都市景観の中でのバイン・アル=カスラインの広い意味づけを示した。

  • verified
    エジプト観光・考古省 - Egymonuments

    アル=ムイッズ通りにある現在の公式所在地、現在の開館時間、アル=ムイッズ地区周遊券の現在の料金を示した。

  • verified
    Museum With No Frontiers - Discover Islamic Art

    この複合体が霊廟、マドラサ、礼拝空間、ビーマーリスターンから成ること、そして標準的な建設年代が1284-1285年であることについて、中核となる歴史記述を提供した。

  • verified
    Archnet

    霊廟、中庭へ至る空間構成、現在のドームの修復経緯を含む後世の再建史について、建築的な読み解きを支えた。

  • verified
    ブリタニカ - カラーウーン複合体

    マムルーク朝カイロにおけるこの複合体の役割を確認し、マドラサ、霊廟、病院がひとつの政治的・宗教的財団であるという捉え方を補強した。

  • verified
    ウィキペディア - カラーウーン複合体

    入口回廊、空間の順序、およそ13か月という広く引用される建設期間について補足情報を提供した。

  • verified
    Memphis Tours - アル・ムイッズ通り

    バーブ・アル=フトゥーフやアル=アズハル・モスクから歩いて向かう際の実用的な方角と、記念建造物周辺の通りの雰囲気の把握に役立った。

  • verified
    Airial - カラーウーン複合体 カイロ

    見学にかかる時間の目安、服装の注意点、現在の非公式ながら実用的な来訪アドバイスについて、相互確認できる案内を提供した。

  • verified
    Tripadvisor - スルタン・バルクークのマドラサ

    アル=ムイッズ記念物周遊券における近隣の同チケット対象施設として、開館パターンの比較やバブ・エル・シャーリアからの徒歩参照に用いた。

  • verified
    カラーウーンVRプロジェクト

    病院側の解釈、内部からの視点、多くの来訪者が見落とす小さな建築的細部の理解を支えた。

最終レビュー:

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